「お互い様」再考

12月の半ばに主任児童委員さん達の研修会で、話をしてきました。日頃から地域で熱心に活動してみえる方々に、今更ながらの話ではありますが、どうしたら私たちのこころにある「排除の論理」を少なくできるかを、考えてみました。
人は他の人の中に自分と異質なものをみれば、その人を排除したくなるだろうし、同質なものを見出せば、安心し仲良くしようとするでしょう。

しかし、人が考えることや感じていることは、そうそう違っていなくて、ちょとしたことで大きくなったり小さくなったりするくらいなものではないでしょうか。全くどんな人も人としてはお互い様、そう感じられたら、どんな人に対しても、優しいまなざしがかけられるのではないか、そう思います。(定森露子)

憎しみと愛

人は憎しみによって傷つき、愛によって救われます。
傷つく人は、世界と自己に、不信を抱き、否定的になり、不安、恐怖、絶望感を抱きます。それに対して、 愛に救われる人は、世界と自己に、信頼を抱き、肯定的になり、安心、平穏、希望を抱きます。

古来、子どもが、人々に未来と希望の可能性を与えるのは、子どもは、世界や他者が愛を与えてくれることを信じているからにほかならないからでしょう。
しかしながら心の苦悩とは、まさに憎しみによる傷つきと愛による救いの相克のドラマそのものの中に起きてきます。
そして出口のみえない長期にわたる愛憎の葛藤の連続は、心的症状や問題行動もつくりだします。

したがって、心理相談におけるカウンセリングやセラピーとは、愛憎の相克のドラマの超越をめざし、じっくりと生きる意味をより根源的な愛の方向に見出そうとする歩みといえます。        (定森恭司)