「事」に生きる

———————————————————————————————————————————————————————————–  同じところに向かって、いつもと同じ道を、いつもと同じような時間帯に歩いていると、単調な繰り返しに、ふと空しくなる時があります。しかし、単調な繰り返しというのは、果たして本当でしょうか。
  確かに、世界は、一見、同じような建物、車、樹木、人から成り立ち、しかも、いつも機械的な反復のようにみえます。しかし、それは世界を「物」的に理解し、一般法則化し、言葉や概念による固定的な枠組みから物事を分別してみているからといえます。実は、いつもあるがままの世界は、言葉の世界や分別に関係なく、瞬間瞬間変化しています。そして私たち自身も刻々変化しています。すべては、変容変化しているのです。

  さっき横を通り過ぎた車は、先日に遭遇した車ではありません。いつも同じ場所にある樹木も、よくみれば、先週に比べれば葉の色合いが変化しています。私も他人もまったく、前回とは、異なってそこに存在しているのです。世界には、なにひとつ同じ繰り返しなどないのです。同じ繰り返しとみる見方が、実は妄想的といえます。

  世界は、いつも創造的な生成変化するものとしてあります。一瞬、一瞬が、かけがえのない出来事としてあるのです。世界が、かけがえのない事としてあることに気づく時、命の深い輝きにも自ずと目覚める気がします。          (定森恭司)