「常識」と「常識」の戦いのいくえ

「私」の中には数限りない常識がある。しかしほとんどは意識することなく(身体に染みついているもの)、日々暮らしている。自分と違う常識に出会って始めて、自分にある常識に気づくものである。その時、おもしろいなあと好奇心を持って驚くか、ありえない、間違ってる、と否定するか、どちらかになるのではと思う。好奇心どうしの出会いなら、そこからまた新しいものがうまれてくるでしょうが、ありえない!おかしい!ものどうしであったら、そこではただ攻撃しあう決着のつかない争いになっていくのではないか。常識はそもそも論理的でなく全く感情的なものだと思うので、争いになったら、お互い論理的では勿論ないし、自分が正しいと思っているので決着のつきようがない。

結局はこの争いの決着は、「正しい・正しくない(論理)」ではなく「好き・嫌い(感情)」の問題だと認め、適当なところで折り合いをつけることしかない。気分はすっきりしないものが残るでしょうが、お互い様。
                                定森露子