いろいろな気分に気づくことの大切さ

ある激情に“こころ”を奪われ、視野狭窄的状態になってしまうと、人生の選択肢が狭くなってしまいます。
例えば、「辛い」という気分に圧倒され、「自分はみんなから嫌われている」と思い込んでしまって被害的疎外感に常に“こころ”を奪われている人は、こうした自己照合の視点からいつも生きがちです。

しかし、こうした自己照合を、直接体験に対するほんの一部のフレームワークとして、一旦、脇に置き、「辛い」という気分以外の別の気分が直接体験からわき上がってくるのを待ちます。すると、「寂しい」「何を甘えたことをいっている」など、さまざまな、別の気分や自己照合のシステムが自ずと動きだしてきます。
その上で、異なるフレームワーク同士の対話などを求めていくと、ごく自然にこれまでとは異なった新しい生き方の選択肢が創発されてきたりします。 (定森恭司)