こころの奥の暗闇

明るい楽天地を求めて、ソーシャルメディアをつかっていくら言葉を交わしても、人との深い絆は得られません。人と深い絆を結ぶには、時として、むしろ闇夜の世界に足を踏み入れる勇気がいります。

太陽が沈み闇夜の孤独に耐えざるを得なかった昔は、物思いにふけったり、何かを作ったり、祈ったり、唱えたりして、孤独と向き合うしかなかったと思われます。世界は、昔も今も光と影から成り立ち、闇夜は非日常生活という深みをもたらすものとして、光に照らされた日常生活の補償的な時空間をもたらしています。

しかし今日、人は闇夜の時空間の孤独に耐えることができず、一時の沈黙の間すら恐れて、情報機器を駆使して何かの情報に触れようとします。 しかしながら、暗闇を知らず、暗闇を畏怖することなく、何かを追い求めたところで、かえって孤独に耐える力を失っていくものです。

暗闇の孤独は、自ずと心の奧との対話をもたらします。そしてこうした暗闇をどこかで別のところで同じように感じている人々のことを思い、暗闇の世界によって、人は他者と出会いつながりを得ていると気づくます。 暗闇は言葉以前の世界であり、沈黙の世界です。言葉すら届かない暗闇の世界とは、永遠の世界への数少ない接近方法でもあります。 暗闇の世界とのつながりを失った現代社会のような喧噪世界では、人は人との差違ばかりを感じ、各自が断絶し、孤立した自己同士にしか出会えません。

暗闇の世界にて、人と人は、疲れた心身を癒し、暗闇を共有することで、むしろ孤独から救われるのです。  (定森恭司)