ふるさと探し

  冬の日間賀島に行ってきました。子どもが小さい頃に何回か行ったことがありました。泳いだり、釣れない釣りをしたり、民宿でたべきれないほどの料理と、丸ごと茹でた、大きな蛸にびっくりしたり、のんびりと楽しくすごしたものです。
  その頃は観光客も少なく、閑散とした、どこか「離島」の雰囲気があったような覚えがあります。

  また行きたいね、と言い続けてのやっとの今回でしたが、観光客の多さにびっくり。いつの間にこんなに有名になっていた?世の中変わった?日間賀島にとっては喜ばしいことなのでしょうが、長年私の心の中にあった日間賀島が、勝手に変えられてしまったようで、寂しいやら、悲しいやら、怒れるやら(怒る筋合いのものでもないことは承知してますが)。

  NHKの朝の連ドラで、今は大阪で暮らしているお母さんが、「宮古島に帰りたい!!」と叫んでいました。しかし私には、そんな「帰りたい!!」と叫ぶ場所はどこにもないなあと、思う。何度か引越しをしているし、引っ越してきたところをたどっても、思い出すよすがさえないところがほとんど。

  しかし、帰るところではないが、「そこに行くと何故かほっとする、どこかなつかしい、何だかまた行きたくなる、たくさんの思い出がある」というところはある。そこが、私のふるさとかもしれない。「生まれ育った場所+いつも変わらぬ風景」をふるさとというなら、「ふるさとも変わっていく」という現代では、ふるさとは自分で探し、作っていくものかもしれない。五感をフルに働かせ、よき思い出とともに体に染みこませていくもの。いつ行っても同じ空・風・空気・風景・・・

 家族で、夫婦で、あちらこちらと旅行しているのは、私にとって、実はふるさと探しをしているのかもしれない。
でも探し探し続けて、結局はこの狭い我が家が「ふるさと」だった、というおちかもしれないが・・・・・

                                                        定森 露子