コミュニケーション能力

昨今、コミュニケーション能力の重要性が叫ばれていて、そのことで、深刻に悩む若い人も多いようにみうけられます。

そもそもコミュニケーションとは、相手があって成り立ち、相手との協働によって、言葉と態度(身体的表現)によってすすめられていくものだと思う。したがってうまくやりとりができていないときは、お互いにその責任があると思うのだが、往々にして「強い立場」の人(と思っている人)が相手の伝えようとしていることが分からないときに、「おまえのいっていることはわからない」「ちゃんとわかるように話せ」「コミュニケーション能力がないやつだ」と決めつけているのではないか。あるいは「こっちのいっていることが何でわからないのだ」と叱責したりしているということがおきていないだろうか。

本来ならば、「申し訳ありませんが、私の狭い理解の幅では、あなたの伝えようとしている事がわかりません。どうかもう一度表現していただけませんか」、あるいは、伝えた筈の人が「私のあなたの理解が足りなくて、あなたにわかるようにうまく表現できませんでした。もういちど表現してみます。」ということではないでしょうか。

お互い違う世界で生きてきて、たまたま今こで出会っているにすぎないので、「自分流」だけでは分かり合えなくて当然かもしれない、というところから出発する必要があると思う。いってみたら、コミュニケーションとは異文化交流。分かろうとする努力と、伝えようとする意欲こそ、コミュニケーション能力だと思う。

(定森露子)