個人と経験の関係

「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人ある」(西田幾多郎)、「私たちは身体を持つのではなく、身体そのものを生きている」(中村雄二郎)という哲学者たちの言葉があります。ちょっと振り返って考えてみると、「あっそうか」と頓悟する内容ですが、しかしこのことに気づくまでは、私たちは、案外、私という意識をもったもの(心理学では、自我といわれるます)が、あたかも何かを経験したり、身体を所有しているかのように錯覚しがちです。西田たちは、こうした理解の仕方に真正面から疑問を投げかけているわけです。

しかし、こうした哲学者のいわんとした意味が、なんとなくわかってくると、自分の力で生きているのではなく、私は生かされているんだということに気づくなど、人生観や世界観まで180度変化してくるから実に面白いものです。    (定森恭司)