対話の中で新しい神話を創発する

人は知らずのうちに神話的世界に生きています。宗教を否定し、合理的で客観的である科学的価値体を信じる人でも、神話が科学的価値に置き換わっただけの神話的世界に生きているといえます。

人は神話的世界に生きているため、それまで信じてきた価値体系や世界観を根底から揺さぶるような異文化に接触すると深刻な心的危機状態に陥ります。それでも危機をもたす異文化でも、それなりに消化・同化することができたならば、再び安定を取り戻すことができます。しかしながら、“こころ”の深いレベルを揺るがすほどの異文化の場合は、これまでの神話を意味づけていた言語体系や真理の枠組みと異質なものとなり、とても受け入れ難いものとなります。この時、これまでの神話的世界からの,抵抗は、言語的なものというよりは、よりで感情的、より衝動的なものとして表現されます。ひとつひとつの言語の識別や言語の価値を意味づける深層レベルでの非言語的表象世界がまったく相容れないためです。このことは、神をめぐって異なるイメージを抱き合うために苛烈な宗教戦争を繰り返してきた過去の歴史をみれば明かです。

A神話とB神話が衝突した時、A神話がB神話をA神話化しようとしたり、B神話がA神話をB神話化しようとすると、お互い生存をかけての激烈な対立となるのです。

しかし、激しい異文化接触の場合でも、A神話はB神話の影響をうけて、これまでのA神話の価値の体系的統合性を解体させながらも、より新しい統合的な価値体系であるC’神話を創造する場合があります。また、B神話も同じように、これまでのB神話の価値体系の統合性を解体させながらも、新しいC”神話を創造することがあります。A神話とB神話の異文化接触が、お互いより近似的な新しいC神話に向かう可能性をもったC’神話とC”神話を創発するわけです。

この時、C’神話にもC”神話には、共に微妙な差異を示しつつもA神話・B神話が弁証法的に再統合されています。

高度技術革新・高度情報化・グローバリゼーションの時代にあっては、世界中の多様な異文化接触に晒され続け、多くの人々の心的世界を揺さぶり続けます。 それだけにこうした多様な異文化接触においては、ある文化が他の文化を支配したり、統合することなく、お互いが異文化接触に伴う不確実性に耐えながらも開かれた対話のうちに、お互いが新しい神話を創り出し続けあっていくような関係づくりが望まれます。   (定森恭司)