新しい生き方の創造

家族文化、地域社会の文化や日本文化などは、人の価値観形成に深く影響し、社会適応を助ける一方で、個性的な生き方を拘束し不自由にさせる面があります。

そこで人は、より創造的に生きようとすればするほど、既存の価値観とどうしても戦わざるを得なくなります。心理相談でも既存の価値観と新しい価値観をめぐる破壊と創造のドラマが展開することがしばしばです。

 

しかし中には、外界の価値観に過剰適応しすぎてしまっている人たちがいます。こうした社会的仮面に同一化してしまった人たちは、社会的価値観の受動的順応の代償として、仮面の下の「内なる我」は、顔なしで、空っぽの自分しかないと感じています。しかし、こうした人たちへの心的支援でも、「内なる我」が微かに感じている抵抗感や疑問などのうごめきに焦点を合わせ、その中でも自己充足的に感じる動きの増幅・拡充を図っていくと、自ずと新しい生き方の兆候を発見・創造する契機とすることができます。

うごめきは、最初はうまく言葉で表現できるようなものではなく、直感的で感覚運動的な動きとして体感される類いのものです。本来の自己を感じる時というものは、言葉以前の直接体験的な体感を得ている時といえます。非言語的な感覚運動的うごめきを実感している時なのです。

自己の直接体験内もうごめきを実感・自覚できるようになると、その後の新しい外界とのかかわりへの移行は意外にスムーズに進行します。こうしたうごめきの実感と自覚がない時には、いくら変化しようとして腑に落ちるような充足感がもてず、頭だけが空回りし悪戦苦闘することになります。腑に落ちる新しい生き方の発見・創造とは、自らが納得しているだけに、とてもその人にとっては生き易い人生の生き方となります。 (定森恭司)