歩くとは?

同じ出来事でもどのように表現するかによって、その人の主体性についてのイメージが知らずのうちにあらわれきまます。

例えば、歩くことについて考えてみます。 「私は歩いている」と表現するか、「歩いている私」と表現するか、「今思えば、ただ歩いていました」と表現するか、「私は歩くしかない」と表現するかで、私という主体の捉え方の微妙な違いが表現されてくるのです。

※主体についてのホロニカル心理学的考察については、<「こころの不思議」の「私とは><「ホロニカル心理学雑感」の「現実主体」>の「主体(私=現実主体)」を参照ください。