脳と“こころ”

最先端の脳の科学的研究からは、「何かの影響」によって変化する脳の現象の神経生理学的な特徴や情報処理のプロセスなどを画像やモデル化して可視化することが可能な時代になりました。が、しかしそうした研究成果も、「何かそのもの」について研究しているわけではありません。そして、「何かそのもの」こそ、普通、“こころ”と呼んでいるものにあたります。

“こころ”そのものは可視化不可能ですが感じるものとしてあることがわかるものです。それだけに、普段可視化不可能と思っていたものが脳の研究を通じて可視的に表現されてくると、あたかも脳の働きが“こころ”そのものであるかのように錯覚してしまいます。しかしながら、“こころ”の現象のある一側面が脳の働きとして明らかになるといえても、“こころ”=脳とは言い切れません。

実は、“こころ”に関する研究において最も注意しておかなければならないことがあります。“こころ”の研究では、“こころ”の多様な現れの中の、一体、何を“こころ”の現象として観察対象として選ぶかというということです。多様な“こころ”に認知の働きを見ようとする人は、認知の働きのパターンを発見することができます。感情の働きを見ようとする人は、感情の働きのパターンを発見することができます。対人パターンを見ようとする人は、対人パターンを発見することができます。同じように、脳の働きを見ようとする人は、脳の反応パターンを発見することができるのです。そして、そのいずれも“こころ”の多層多次元な現れの一面を表現しているという意味では、別に間違っているわけでもないのです。

大切なことは、“こころ”の多様で複雑な現れを、そのままより全体的により統合的に理解していくことにあるといえます。 (定森 恭司)