自然治癒の力に触れる

p11001234 現代の心理学は、「こころ」を対象としながら、「こころ」を見失ったような感があります。心理学の研究対象が、認知、記憶、行動、感情、パーソナリティなどに細分化していることの影響があるかもしれません。対象化される「こころ」は、いずれも「こころ」のある側面、機能、作用をさしていても、その全体ではありません。また、「こころ」は、細分化された断片を組み合わせて全体として描こうとしても描ききれません。ある意味で、直観的にその全体を実感する以外にない代物でもあるのです。「こころ」の全体から何かを研究対象として切り取った瞬間、すでにそれは「こころ」の全体ではなくなってしまうのです。どうやら全体と部分を共に対象とすることは、残念ながら不可能のようです。学問的に研究すると、こころの全体から遠のき、全体を実感しようとすると直観的な世界でしか表現できなくなり、科学的な学問から逸脱してしまう矛盾を孕んでいるからです。

しかし、これまでの実に沢山の人との出会いを通していえることは、「こころ」には、自然治癒の力も備わっているということです。しかし、それは、ただほっておけばよいというようなものではありません。自己と世界が適切に出合いつづける方向に「こころ」を精妙に働かせる必要があります。世界内存在として、自己と世界の一致を求める生き方を模索し続けるところに、「こころ」は自然治癒の顔をのぞかせる印象です。

自己と世界の一致を求めて自己が触れて欲しがっているところを探り当て、自然な自己の流れに素直に従えるようになる時、自然治癒の力が働き出すように思われます。

今・この時、まさにこころが触れたがって貰いたがっているところに焦点をあわせると、自ずと新しい言葉や生き方がわきあがってきます。それは、まさに新しい人生が誕生する瞬間でもあります。   (定森恭司)