自覚のための参照枠

自覚とは、「○○について意識し腑に落ちること」です。

したがって、自覚のためには、必ず「意識するもの」と「意識されるもの」の関係が介在します。

この時、「意識するもの」は自己ですが、意識する自己によって、「意識されるもの」には、「自己(自身)」と「世界」があります。

人間の場合、乳児期の意識には「自己」と「世界」の関係は未分化で混沌としていますが、発達とともに「自己」と「非自己化された世界」の間に境界ができて、両者が区別されながら「意識するもの」によって意識されるようになります。

自己は、「自己」と「世界」を意識の対象として意識するようになると、「自己」についての意識化を通じて自己自身についての自覚を深めるとともに、「自己が存在する世界」についての意識化を通じて世界についても自覚を深めることができます。そして、ついには、「自己と世界の関係」についての自覚も深めることができるわけです。

自覚について考える時、注意しなければならないことがあります。「意識するもの」が自覚を深めるための根拠をどこに求めるかです。

自覚のための根拠は、実在するものに求められなければなりません。実在するものに根拠を求めず、ただ考えだされた論理や空想を根拠にした時は、ただの妄信といえます。

実在するものとは、自己と世界の瞬間・瞬間の出会の直接体験といえます。瞬間・瞬間の直接体験が実在するもののすべてを包摂しているのです。

自己は、「自己」と「世界」がせめぎあいながらも「自己」と「世界」が同一にある直接体験を通じて、自己自身と世界が確かに存在すると実感しているのです。

「自己」と「世界」が時々刻々と生成消滅を繰り返している場所に、自己と世界が確実に実在しているのです。自己は直接体験を通じて、この事実を実感し自覚することが可能なのです。

こうした理由から、自覚の根拠は直接体験の実感に求めなければならないといえるのです。

実感なき自覚は妄想です。真の自覚は実感に基づくものでなくてはなりません。
(定森恭司)