開かれた対話

語る言葉が相手にスムーズに伝わるためには、語る言葉の意味するところ、言葉が誕生してくるところにある感覚が、相手に了解される必要があります。語る者と相手の間にあらかじめ共通感覚が必要になるわけです。この共通感覚がないと、語る側には伝わっている手応えが失われ、語られている側は相手が一体何をいわんとしてるのか意味がくみ取れないもどかしさを感じることになります。こうした現象に陥ると、相手が目の前にいても、あたかも一芝居のような独白的語りになり、人や社会とつながっている感覚を喪失します。

実は、価値の多元化や個性化の滲透(しんとう)や高度情報化の進む社会は、人と人との間にあった生き生きとした共通感覚を解体する方向に向わせています。そのため、お互いの語りがモノローグ的になってしまって、お互いが一体何を内心で思ってるのか予測しがたく、場も読みにくいものとなってきています。その結果は、多くの人が、対人関係や社会的活動にストレスを強く感じるようになり、ひとりになった時、やっと心が安まるという感覚になってきています。しかし、あまりに社会から引きこもってしまうと、言葉がますますモノローグ的になり、人とのつながりが再び難しくなるという悪循環に陥ることになります。

どうやら大切なポイントは、了解しにくさからくる気まずさにめげず、できるだけ共通感覚を探し求める感じで、ゆっくり開かれた対話(オープン・ダイアローグ)が可能な場をもつことにあるように思われます。

心理相談の場は、そんな開かれた対話をする場といえます。     (定森恭司)