真理の発見・創造

人生の意味のある生きた真理とは、デカルト依頼成立した自己を抜きした客観的な普遍的な近代科学的法則として発見されるようなものではく、自己の体験として発見・創造されるようなものでなければなりません。そうでないと、ただの知的で形式的で抽象的な一つの知識にしか役にたたず、もしそうした無機質的な知識を真理と錯覚すると人生はとても空虚なものとなってしまいます。

生きた意味のある真理は自己と世界の出会いの直接体験の中から発見・創造されるのです。 定森恭司

複雑化する高次なH主体

ホロニカル主体は、主観的な個人の意識の中にあるのではなく、また抽象的な観念の中にあるのでもなく、人と人の間の対話の場から発見・創造されてくるものとしてあります。

そして低次なホロニカル主体を含むような高次なホロニカル主体になればなるほど、多面的で相矛盾する複雑なものを包含するものとなります。

究極的なホロニカル主体とは、人と人の間をも含む窮極の場において、あらゆるホロニカル主体を創発するものといえます。 (定森恭司)

H主体について

H主体は、人格形成の原理になるとともに、世界観形成の原理にもなります。それだけに心的危機などを通じて古いH主体から新しいH主体に変化する時には莫大なエネルギーが必要となります。

この時、新しいH主体の発見・創造が、外発的な圧力で起きるのか、それとも内発的な圧力から起きるのかは、大きな違いをもたらします。外部から持たされる時は、外我が内我を支配・コントロールする形を取りますので、内我は自己主張的であることは外我の内在化したH主体の理に反しない限りにおいて許されます。しかし、そのような生き方では、真に自立した生き方とはいえません。真に自立的に生きるためには、自己と世界の出会いの直接体験を直覚する内我との対話が必要となります。自己と世界の不一致が一致する方向の直接体験の直覚に基づいて外我が新しいH主体を発見・創造する時、より適切な人格形成と世界観の形成が可能となります。 (定森恭司)