「時」に目覚める

人為的に定められた時計の時間を生きるのではなく、自然の営む「時」を生きることが大切です。

「時」とは、刻々変化する無常の瞬間・瞬間のことです。
瞬間とは、「時間よ止まれと」時間を止めた静止画面のような瞬間ではなく、瞬間・瞬間が絶えず非連続的に連続的に変化し続けていく「永遠の今」ともいわれる生命の時に生きるということです。

生成と消滅の繰り返しの中で、生きている瞬間の至福の感動に目覚めるような「感じらとられる時」のことです。

(定森恭司)

現実とは?

現実とは、既に発見・創造されたものと、未だ発見・創造されていないものから成り立ています。いま、この瞬間に、過去が含まれ、そして未来が開かれていくのです。

(定森恭司)

未来を創造する現在に含まれてある過去


自己の死とは、身体的な自己の死を意味します。

死を有限の身体的自己の死の意味だけでとらえるならば、死はすべてが絶対の無になることといえます。

しかしながら、ひとつの自己が、その輝く生のうちに作り上げ、創造したもののすべては、作り上げた造形物として、またその人の求めた心もすべて世界に包摂されて生き残っていきます。いま・ここの目の前に現前する世界とは、過去の歴史・文化の遺産そのものといえます。死者の復活とは、現在にまさに生きている過去の影響の自覚のことといえます。

世界の至るところに過去が今を形成しているのです。

あまりに当たり前の出来事だけに気づくことが案外難しいことといえますが、過去は未来を創造する現在として、現在に含まれてあるといえるのです。

(定森恭司)