ホロニカル心理学は、心的症状や心的問題などの生きづらさを抱える人たちへの心的支援としてホロニカル・アプローチを研究していく中で、これまでの心理学概念のパラダイムから新しいパラダイムへのシフトへの必要性から自然に形成されてきました。

 ここでは、ホロニカル心理学やホロニカル・アプローチで用いられる主要概念について説明します。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著書の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ)」(遠見書房、2015)を参照ください。

ホロニカル心理学で用いられる重要概念

1.こころの仕組みを理解する時
に用いられる主な概念
※ホロにかる心理学の心的構造論にあたます。

2.こころのあらわれ方を理解する時
に用いられる主な概念
※ホロニカル心理学の心的現象論にあたります。

3.発達の理解のための概念
※ホロニカル心理学の発達論にあたります。

4.ホロニカル・アプローチで活用される主な概念
※ホロニカル心理学の実戦論にあたります。

自己

自己は、物心一如的存在、心身一如的存在です。

人間の自己は、身体的自己としては有限的存在ですが、意識的自己は無限的存在として、ミクロの世界からマクロ世界など、自己超越的世界を自己意識の中に取り込んでいくことができます。自己は、自己と世界の交錯する出会いの場に起滅的な生命として存在します。

自己は、世界があってはじめて存在できるのです。自己は、場所的存在(場所的自己)といえます

創造世界から誕生した創造的自己は、世界を取り込みながら自己を自己組織化し、世界に対して歴史的社会的存在として働きかけます。

自己は、現実主体(我) ホロニカル主体(理) の基盤となって、世界との出会いによる一致・不一致直接体験を通じて、世界と一致する方向に自己自身を自発自展的に自己組織化しようとします。

心的症状や心的問題を有する時の自己は、適切な自己の自発自展的な自己組織化プロセスが疎外された状態となっています。頑固な心的症状や心的問題を有する時ほど、自己の心的構造は、多層多次元にわたって流動性を失っています。

ホロニカル心理学では、現実主体(我)の主体性は、まずは自己の主体性がを基盤として確立されてから、その上にはじめて成立すると考えています。自己の主体性の確立のないところでの現実主体(我)の主体性は、苦悩を生み出すばかりと考えています。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。

ホロニカル主体(理)

自己超越的な「理」のことです。
自然、社会・文化的なものの中に含まれていて、現実主体(我) の中に内在化されていきます。

「理」の面だけではなく、「情」の面も持ちます。「理」の側面は、宇宙の原理、社会規範、生活規範、戒律、文化、美徳、思想、信条、信念、倫理となります。
「情」の側面は、厳格な態度、批判的態度、冷静客観的な態度、慈悲深い態度など情緒的な色合いをもちます。

「理」と「情」で、ひとつのホロニカル主体(理)を形成しています。

フロイトの超自我の概念もホロニカル主体(理)のひとつです。

自己と世界との出会いに伴う一致・不一致直接体験そのものは、瞬間的、断片的な経験の起滅の繰り返しですが、自己は世界との出会いの一致を求めて自発自展的に統合化していきます。こうした自己の統合化をもたらす「理」が、ホロニカル主体といえます。

ホロニカル主体(理)は、自己の発達段階や心的構造段階によって、①~④といったように異なる様相をもちます。
①混沌、②原初のホロニカル主体、③幻想的ホロニカル主体、④既知のホロニカル主体、
⑤創発的ホロニカル主体、⑥IT(それ) と発達段階的に変容していきます。

ホロニカル主体(理)から文化の影響を解体し脱統合していくと、究極的には言詮不及の「IT(それ)」となります。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。

「内我」と「外我」

ホロニカル心理学では、現実主体(我)を「内我」と「外我」にわけます。

「内我」とは、自己と世界の出会いの不一致の時に立ち顕れてくる自己意識のことですが、「内我」は、もっぱら自己と世界の一致・不一致直接体験をそのまま直覚しようとします。足の裏が何かに触れている感覚に意識を焦点化している時には、内我が働いているといえます。
「外我」とは、自己と世界の出会いの不一致の時に立ち顕れてくる自己意識のことですが、「外我」は、もっぱら自己や世界を観察対象として、さまざまなものに識別したり区別しようとします。足自体を客観的に観察しようとする時は、外我が働いているといえます。

「内我」と「外我」のいずれが立ち顕れるかは、観察主体と観察対象の関係性をめぐって、自己と世界の出会いをどのように意識しようとするかといった一瞬・一瞬の志向性の差異によって決定されていきます。

自己と世界の出会いは、「内我」の出現時に、自己と世界が一致しやすくなり、「外我」の出現時に、自己と世界が不一致になるということを繰り返しています。

「内我」と「外我」の関係は、さまざまな体験を経ていくうちに、発達段階や個人個人特有の心的構造を形成していきます。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。

現実主体(我)

ホロニカル心理学では、自己と世界の出会いの不一致・一致の繰り返しの中で生起する意識作用の主体を「現実主体と呼びます。「私」の意識のことです。

従前の臨床心理学・精神医学などでいう「自我」に相当します。ホロニカル心理学的では、「自我」という概念は、西欧的な近代的自我のことを指し、日本人のいう「私」とも異なると考えています。

現実主体(我)は、常に存在しているようなものではなく、自己と世界の出会いの場で起滅しながら、非連続的に連続しているものと捉えます。

「私」という意識の一貫性をもたらしているものは、現実主体(我)ではなく、自己と世界が常に不一・不異の関係として相矛盾し対立しながらも同一の関係として立ち現れるからと考えられます。自我に同一性があるのではなく、自己に同一性があるといえます。

ホロニカル心理学では、現実主体(我)が観察主体となって自己や世界を観察する時の 志向性によって、 「内我」と「外我」 の2つを区別します。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。

IT(それ)

「名づけられないも」を名づける矛盾を承知の必要性から、「IT(それ)」と名づけられました。古来、神・仏とか言われるものと同じ類概念です。近代以降は、科学の目になったといえます。

「IT(それ)」と命名した理由は、神・真実在・真理・宇宙・世界などと名を与えると、名を与えた途端、言葉を産み出している文化・歴史の影響を排除しきれなくなるからです。 自己とは、身体的自己である限り命ある有限の存在ですが、トランスパーソナル的な(超個人的)な存在でもあり、そのことを「IT(それ)」との出会いの体験を通じて実感・自覚します。

「IT(それ)」を実感すると、孤独な存在ではないことを実感・自覚します。

観察する主体としての私の意識が強すぎると「IT(それ)」は体感できにくく、むしろ無我・無心の時の方が、観察する主体と観察対象の境界が無境界(ホロニカル体験)となって、すべてを包摂するものとしての「IT(それ)」を体験しやすくなります。

「IT(それ)」は、自己の自己組織化における統覚的統合作用をもち、究極的には、「IT(それ)」の働く根源的な場が、「絶対無」「空」であることへの気づきをもたらしていきます。その瞬間は、IT(それ)=絶対無=空)となりますが、この時には、自己と世界は無境界的になっており、もはや自己も世界も区別もないともいえます。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。