-内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ-
ホロニカル・セラピーとは、“こころ”の深層から、身体、関係性や社会に至るまで、自己(部分)⇔世界(全体)の関係を自由無礙じゆうむげに俯瞰しながらアプローチするもので、フロイトやユング、家族療法、プロセス指向心理学、システム論、ナラティブ・セラピーに加え、西洋哲学から東洋思想までをバックボーンに、生命力の溢れる情感をともなった“こころ”そのものの体験を扱っていく心理相談の思想および技法のことです。

※ 詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著書の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ)」(遠見書房,2015)を参照ください。

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ホロニカル・セラピーとは?

ホロニカル・セラピーとは、
「生き辛さをもたらしている自己と世界との不一致に注目し、自己と世界の一致をより深めていくような新しい生き方を発見・創造していくことを支援する臨床心理学的方法です。」

世界は、ゼロ・ポイント(あらゆる意識や万物がまだ絶対無の状態、大乗仏教だと「空」)から創造されていると言われます。ゼロ・ポイントから誕生する世界が、今、この瞬間でも、時々刻々と新たな世界(万物や出来事)を創造し続けているというわけです。 その意味では、私たちの自己の存在も創造的世界の一要素として創造され、いずれ死んで創造的世界そのものになるといえます。

世界は、ゼロ・ポイントから創造されつづけ、その世界によって私たちも創造されていると気づきさえすれば、確かに、世界も自己も何ら区分の必要はなく、ただすべてがあるがままにひとつであることを実感・自覚できます。実感と自覚が特になくても、無心になって生きている時などは、自己と世界との区分に関係なく、自己は世界に包まれながらも世界と一体となって生きているといえます。

しかしながら、普段、私たちの自己の意識は、もともとまったく同じ源泉からなる世界を、自分とは別のものの存在と錯覚しがちです。自己は、もともと同根だった世界を自己以外のものとして自己自身から追い出してしまうのです。世界を非自己化した途端、自己と世界との関係は途切れてしまいます。この断絶は、自己と世界の間の生命力あるつながり感まで失わせてしまいます。

自己が何かを意識した途端、自己と世界は不一致となり、自己が何も意識していない時には、自己と世界が一致し、両者がつながるといえるのです。

このように、私たち人間は、絶え間なく自己と世界の一致と不一致を繰り返している存在といえます。

世界と自己の不一致は、「苦悩」をもたらします。 苦悩が積み重なると、さまざまな心的症状や心的問題をつくり出していきます。

自己と世界の不一致による苦悩の累積によってつくり出された心的症状や心的問題は、脳の神経活動、行動、感情、思考、意思や、愛・憎、人間関係など、実にさまざまなところにあらわれてきます。しかも、頑固な心的症状や心的問題になればなるほど、自己と世界のミクロレベルからマクロレベル至る関係に複雑な悪循環パターンをつくり出しています。

しかし、頑固な自己と世界の悪循環パターンも、“こころ”のある層やある次元の自己と世界の悪循環パターンに注目し、それを新たな観点から適切に見つめ直すことさえできれば、より自己と世界の一致を目指した新たな人生を創造することも可能です。

そのためには、自己と世界の悪循環パターンを、安心、かつ適切に観察できるような場が必要となります。

適切な場を得た観察とは、一見、鳥からの観察のように思われがちですが、別に鳥瞰的俯瞰とは限りません。むしろ、“こころ”の多層多次元にわたって、もっと自由無礙な自己と世界の開かれた対話が可能になればなるほど、新たな自己と世界の関係を幾多も発見・創造することができます。その結果は、もともとの自己と世界が一致することの実感と自覚を深め、かつ普段、自己と世界が不一致になってしまった時でも、より一致する方向に向かっていくような生き方をごく自然に発見・創造できるようになります。

ホロニカル・セラピーは、無限の俯瞰によって、より自己と世界が一致していく生き方を探求する臨床心理学的方法といえます。

 

注:大乗仏教では「空」、禅では、「無心」、老子では、「無名」、井筒俊彦では「意識と存在のゼロ・ポイント」、 西田幾多郎では、「絶対無」ともいわれています。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著書の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ)」(遠見書房,2015)を参照ください。