ホロニカル・アプローチとは?

ホロニカル・アプローチとは?

 -内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ-
ホロニカル・アプローチとは、“こころ”の深層から、身体、関係性や社会に至るまで、自己(部分)⇔世界(全体)の関係を自由無礙じゆうむげに俯瞰しながらアプローチするもので、フロイトやユング、家族療法、プロセス指向心理学、システム論、ナラティブ・セラピーに加え、西洋哲学から東洋思想までをバックボーンに、生命力の溢れる情感をともなった“こころ”そのものの体験を扱っていく心理社会的支援に関する理論および技法のことです。

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ただ観察

心的イメージや夢の自律的動きに対して、クライエントに受動的観察を求める場合には、「ただ、じっと観察すること」と指示します。

この方法を、「ただ観察法」と呼びます。

「ただ観察」とは、善悪や好き嫌いなど、何ら先入観もなしに、自己および世界を観照することです。しかし、意識して、やってみようとすると、実際にはなかなか難しい技法です。

鈴木大拙の「観ることは、悟ることなり」や、西田幾多郎の「主客合一」や「純粋経験」のように、言葉の介在なしに自己および万物を観ることですが、通常は、どうしても意識活動が作用してしまうのです。

そこでホロニカル・アプローチでは、クライエントに「閉眼して、今の身体の感じを、『ただ観察』してみてください。何かしようとしたり、解釈したり、考えたり、分析したりせずに、ただひたすら…………」「今、外の景色をただぼんやりとみてください。何かをしようとしたり、解釈したり、考えたり、分析したりせずに、ただひたすらぼんやりと景色を観察してみてください。そしてそのうち何か感じてきたら……」などを指示していきます。誘導されると、「ただ観察」は、とてもやりすくなります。

「ただ観察」の間は、判断することや物事を言葉で識別したり考えることを一切やめ、ひたすらすべてをあるがままに観察することに徹します。内界や外界を観察しながらも、解釈したり分析する行為を保留・停止して、ひたすら観察し続けるのです。

「ただ観察」に慣れてくると、自己と世界が無境界的に触れあいだし、万物が生き生きと生命感あふれるものとなって立ち現れてくるようになります。

個人差がありますが、足の裏への「ただ観察」だけでも、次第に足がジンジンしてきて、血の流れや、暖かくなる足を感じ、その心地よさから、次第に、ごく短い時間で、今・ここで、ほんの数秒ですが、自己と世界の無境界的体験を得られる人もいます。

「ただ観察」だけでも、それまで、何かにとらわれていた心的状態に変化が起きます。

少し複雑になりますが、「外我」と「内我」の関係の変化に伴う「直接体験」の変容の「ただ観察」も適切な変容を促進する契機になります。

「外我」が「自己及び世界について」どのように考えると、「直接体験」を直覚する「内我」は、どのようなものを感じるようになるのか。その逆で、「内我」が「直接体験」をどのようなものと直覚すると、「外我」には、「自己及び世界について」どのような考えが浮かびあがってくるのか。こうした「外我」と「内我」の関係を、できるだけ一切の判断や解釈を保留にした形で「ただ観察」(自己超越的なメタ認知レベルからの俯瞰)することで、被支援者は自らの「外我」と「内我」の関係性とその変容のプロセスを実感・自覚することが可能となり、そうした実感と自覚を手がかりとして、自己と世界(または外我と内我)がより一致する方向に向かって、自己または世界を変容させていく道を歩むことが可能となります。
例)内我が無力感を感じると、頭は真っ白の感覚になり、外我は「自分はダメだ」「消えてなくなりたい」との考えに支配され、身体はうつむき加減になる。しかし、外我が「自分がこんなことで負けない」との考えをもつと、内我は身体に高揚感が沸き上がってきて、視線が前方に向かい背筋が伸びる。こうした外我と内我の関係性を実感・自覚する中で、少しずつ自己効能感を回復し問題解決の主体性を獲得していく。

ただし、自己と世界の出あいの「直接体験」の「ただ観察」を実行するためには被支援者と支援者の関係が共同研究的協働関係が樹立し、被支援者が支援者に対して信頼をおいており、支援の場が安全で安心できることを体感できていることが条件になります。

-ただ観察法の事例-

「ただ観察」の事例だけなく、「ある身体感覚の増幅・拡充」の事例ともなります。

24歳(大学2年生、女性)の方です。幼児期に、気管支喘息を患っています。小学校では友達も多く、学校が始まって以来の秀才と言われます。中学時代に部活が一緒のやんちゃくれからいじめを受け退部し、この頃から、嘔吐、ふらつき、頭痛、不眠などの多彩な症状が出現しています。高校入学後、体調不良(倦怠感と頭痛)から不登校となっています。いろいろな医療機関を受診し、一時は大学病院に入院するも改善はみられていません。独学で高卒認定試験に合格し、大学進学後通院中の精神科クリニックからの紹介で来室しています。

以下は、不眠の訴えのあった時の面接です。
※以下、クライエント:Cl、カウンセラー:Coと略記します。

Cl:「不眠傾向が強く、夜に勉強している」
Coは、<不眠の状況>に焦点化します。

※その後、3~5時間の睡眠で、「風呂に入ったり、運動したり、アロマをしたり、眠れるための努力をいろいろしているけど眠れない」「寝てもどうせゴロゴロしているだけだから勉強している」状態を共有します。自助努力の最後の結末の明確化を図ると次のようにClは語りだします。

Cl:「最後はビールや酎ハイなど父親が残したのを一気に飲んで寝ている」「実は不眠もだけど、ずっと頭痛の方が長い悩み」「大学病院にいって自律訓練をしたり、検査をしたりしてきたけど、上手くいかなかった。クリニックで薬をもらっているけど、胃にくるしあまり飲みたくない」

※そこで、直近の頭痛症状への焦点化をします。
Cl:「目の奥から額にかけて、ズキズキする」「なぜか日曜日の朝になるとものすごく痛くひとりで悩んでいた」
Co:<今、頭痛はどんな感じ?>
Cl:「目の周りがズキズキする感じ」

※閉眼による目の周りの感覚への観察を指示します。
Co:<目を閉じて、ズキズキ感に、ただじっと観察する感じで集中してみてください。そして何か重さ、痛さ、形、色など、そのイメージが何かわかってきたら教えてください>と、「ただ観察」の指示をします。
Cl:「重い……鉄の丸……鉄の塊のような」
Co:<数とか重さとか大きさは?>
Cl:「目の上に何個かある。これ位の大きさ(人差し指と親指で丸の形作ります)。目の上に3つある」

Co:<目は押されているか、それとも押し返そうとしている?>
Cl:「眼球は目を閉じたいけどそれを開けるために力が入っている」「それより今はもっと額の方に痛みを感じる」

※今度は、額の痛みの「ただ観察」を指示をします。
Cl:「額の真ん中のあたりに痛みがある。額全体から奥にかけて発信されている」

※そこで、今度は「発信」のイメージに焦点化します。
Cl:「電気のような感じ。ちょっとしたことですぐに反応し痛みを感じる」「ズキズキではなく、後でもっとひどくなる重い感じ。目の上の重いものより少し大きい」

Co:<瞼の上の重みと額の重みのいずれかを、今扱うとしたらどっちを選ぶ?>
Cl:「額の重み」

※再度額の重みへの「ただ観察」の指示をします。
Cl:「集中すると特に重くなる感じ。ゴロゴロしてくる」

Co:<そのままずっと「ただ観察」し続けていくと、ゴロゴロ感はどうなっていきますか?>
Cl:「少し柔らかくなってきて……鉄が少し柔らなくなってきて……なんか形が変わってきた。少し軽くなってきた。……灰色から明るくなる。塊も、アニメのバウバウのように、ぐにゃぐにゃになってきた」

Co:<灰色で重く鉄のような塊が少し明るくなって動きだし、バウバウのようにぐにゃぐにゃしてきて動きだしている。さて、それはこの先どうしたがっていますか。それがしたがっていることをしっかり、ただ観察し続けてみてください。そして何かわかったら教えてください>
Cl:「それは動きたがっている。まわりに拡がって黄色くなって……アメーバーみたいに、散らばりたがっている。小さくって拡がっていく……」

Co:<それがしたがっていることを応援する感じで、納得できるところまでただ観察し続けてみてください。そして納得きるところまでいったら終えて、目をゆっくり開けてください>

※1人でやった後開眼するCl。

Co:<今の気持ちは?>
Cl:「少し軽くなりました」「家でもやってみます」と、これまでとの全く異なる身体症状が軽くなる実体験に驚きと喜びの顔を見せながら語ります。

※この女性は、嘔吐、ふらつき、頭痛、不眠などの多彩な身体症状をなんと改善したいとすればするほど、どうもかえって症状の増悪化を招いたようです。何事も自分の強い意志で困難を克服していくという自己と世界への姿勢が、そのまま身体症状への取り組み姿勢への悪循環につながっていたといえます。

しかし、この女性は、これまでの姿勢を一旦保留にすることにつながる「ただ観察」によって、身体症状のしたがっていることを、そのまま自然に受け止める時、むしろ身体症状が軽減化に向かう体感を得ることができました。この女性は、その後、身体の疲労感を受動的に感じるようになるにつれて、ごく自然に夜に眠気を帯びるようになり、不眠傾向も改善に向かっていきました。

※詳しくは、心理相談室こころ室長 定森恭司著の「ホロニカル・セラピー:内的世界と外的世界を共に扱う総合的アプローチ」(遠見書房,2015)、または、定森恭司・定森露子共著の「ホロニカル・アプローチ:統合的アプローチによる心理・社会的支援」(遠見書房,2019)を参照ください。