トラウマの扱い方(2):身体の反応に注目する

内我は非言語的で、感性的で、身体感覚的で、外我の言語的、理性的、思考的な活動とは対比的です。内我の作用と神経系の関係を記述すれば、内我は感覚運動系の末梢神経系の活動と関係し、感覚系は外受容感覚(五感)と内受容感覚(固有感覚と前庭感覚)と密接な関係にあり、運動系は不随意性の自律神経系と随意性の体性神経系と密接な関係にあります。

動悸、呼吸、痛み、体温、内臓感覚、筋肉の緊張・弛緩度合いなどを内我は直覚します。しかも内我が実感する内的感覚には、喜怒哀楽などの基本的気分ごとに固有な身体感覚と直接結びついています。日常生活では、あまり意識していませんが、いつもある気分と直結した身体運動感覚を内我は直覚しているのです。

あえて動悸、呼吸、体温、内臓感覚、筋肉の緊張・弛緩具合に意識的に直覚してみると、外我が働きにくくなって内我が活性化します。しかも気分の違いによって、身体運動感覚も微妙に異なることに気づきます。「頭にくる」「胸くそがわるい」「腸が煮えくりかえる」など、気分と身体感覚の密接な絡みを示すことばは、世界共通なのです。

ソマテック・マーカー仮説で有名なアントニオ・ダマシオが明らかにしたように気分はさまざまな刺激によって引き起こされる身体感覚と結びついていると考えられます。そして類似体験の体験的反復は、結果的にある身体感覚や気分が布置すると、半ば自動的に自己照合システムが作動しやすくなっていると考えられるのです。

フラッシュバック現象とは、トラウマ体験時の恐怖・無力感・絶望感や特定の表象やイメージが強烈に焼き付いており、類似体験が布置した途端、本人の意志に関係なく、半ば自動的に自己照合システムが作動して、本人の意志とは関係なく状況依存的にパニック反応を引き起こすことといえます。そしてこうした反応は、身体がトラウマを記憶しているため動悸の亢進、胸式呼吸の増大、痛みの増幅、体温の上昇、消化不良や嘔吐感をもたらす内臓感覚、筋肉の過緊張と密接に関係しています。

そこで仮説としては、生命の危機ともいえる自己と世界の著しい不一致の累積体験の再演状態において、もし主体が、恐怖・無力感・絶望感や特定の表象やイメージに執着するのでなく、そうした気分をもたらす動悸の亢進、胸式呼吸の増大、痛みの増幅、体温の上昇、消化不良や嘔吐感といった身体の内的外的感覚をあるがままにただ観察し続けることができ、かつそうした身体反応がそのうち鎮まることを体感し得たならば、恐怖・無力感・絶望感や特定の表象やイメージばかりに執着する状態から抜けでることができると考えることにもあながち無理はないといえます。

そのためは、今・現在という場が安全で安心であり、かつ観察主体となる外我があらゆるホロニカル主体(理)を作動させず、ただ内我に同化し自己と世界の直接体験として起きてくる現象をただひたすらあるがままに直視することができれば、動悸の安定化、腹式呼吸による安定化、痛みの軽減化、体温の安定化、消化作用の安定と不純物の浄化作用や排泄、筋肉の弛緩などによって、心身の平穏を得ることができる筈という仮説が成立することになる。逆に恐怖・無力感・絶望感や特定の表象やイメージなどを対象として扱えば扱うほど、動悸の亢進、胸式呼吸の増大、痛みの増幅、体温の上昇、消化不良や嘔吐感を強めてしまうという仮説が成立することになります。