エピジェネティックスと自己(場所的自己)の発達

日本神経科学学会の事業として位置づけられた脳科学辞典で、エピジェネティクスについて調べると次のような説明が出て来ます。

「エピジェネティクスとは、DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するシステムおよびその学術分野のことである。すなわち、細胞分裂を通して娘細胞に受け継がれるという遺伝的な特徴を持ちながらも、DNA塩基配列の変化(突然変異)とは独立した機構である。このような制御は、化学的に安定した修飾である一方、食事、大気汚染、喫煙、酸化ストレスへの暴露などの環境要因によって動的に変化する。言い換えると、エピジェネティクスは、遺伝子と環境要因の架け橋となる機構であると言える。」(脳科学辞典)

エピジェネティックスは、「(環境を含む)」によっても遺伝子発現のスイッチオン・オフが化学的に制御されることを意味します。こうした考え方は、これまでの遺伝か環境かといった二項対立的な因果論的パラダイムの転換を迫ります。一卵性双生児の発達の差異もエピジェネティックスで説明できます。また、自己の育ちに影響する「場」そのものの変容が、自己発達の生物学的レベルでの自己組織化の変容に影響することもあり得ることを意味します。自己の生物学的レベルの変容と場の変容が関係がこれまで以上に複雑に絡み合っていることを意味します。自己にとって適切な自己の自己組織化のために、「場」自体が自己にとって適切に自己組織化されていることが必要となるのです。

自己意識の発達に影響を与える「場」とは、科学がその影響を明らかにしつつある自然環境や社会環境の影響ばかりでなく、今後は、精神的なもの、社会システム、歴史・文化、思想、倫理、宗教など、多層多次元なものが与える生物学的レベルへの影響を明らかにしていく必要があると考えられます。多層多次元なレベルでの「場」の変容が、自己の発達に多層多次元なレベルで深く影響していると想定されるからです。ホロニカル心理学では、「自己」と「場」は、単純な相互作用でなく、縁起的相互包摂関係(ホロニカル関係)として、もっと密接に絡み合っていると考えられるからです。

乳幼児期にはじまる多層多次元な自己の発達が、DNAの塩基配列レベルではなく、環境(「場」)の影響を受けて後天的に獲得された遺伝子の変化によっても制御され、それが次の世代にも引き継がれていく可能性を示唆していることは、人類史上、もっとも加速度的に場自体が変容していく時代にあっては、看過してはならない重要テーマといえるでしょう。

エピジェネティックスの概念は、自己の発達と関係して、虐待、発達障害、世代間連鎖などの研究にもますます影響を与えていくと思われます。

エピジェネティックスの概念は、「場」との密接な関係を含んで自己の発達や苦悩を捉えるホロニカル心理学のパラダイムを生物学的に裏づけていくものとして注目しています。