
家庭訪問支援において、「相談をする/相談を受ける」「支援を受ける/支援をする」などの関係に至るためには、安易に、救済しようとしたり、助言・指導しようとしたり、教育しようとしたりすることなく、まずは何かの共同作業をしたり、一緒に出かけたりするなどして、この先、問題を一緒に解決していくことを可能とするような「協働的関係」を構築することがすべてに先行します。
「協働的関係」とは、「また会いたくなる関係」「親密な他者」「お互いに安心できる間柄」を創り出すことです。訪問支援者以外のいろいろな人の助けや社会資源を活用する気持ちになるようなキーパーソンになることです。訪問支援者だけで支援を背負うなどと気負わないことです。被支援者に寄り添い、被支援者のモノローグ的単調な世界に対して、ほんの少しでも喜怒哀楽のある人生体験を共にすることにあります。
家庭訪問支援の失敗の多くは、「あなたのために・・・」という名目のもとで、まだ何も協働的関係ができてもいない段階で、支援者が被支援者に対して、救済者幻想にとらわれて個人的な価値観や信念を押しつけることによって、被支援者の他者や社会に対する不信や警戒心を一層強くしてしまうことにあります。
万が一そうした失敗をしたとしても、支援者が自らの思い上がりを真摯に反省し、その後の態度を変容させれば関係の修復の見込みはいくらでもあります。しかしながら被支援者が抵抗したり拒否の態度を示しているにもかかわらず、それは被支援者の問題だと決め込み、支援者が自分の態度を反省し改めていかない限り、家庭訪問支援の場合は、被支援者の“こころ”の扉が前より一層頑なに閉まるだけではなく、いずれ家庭訪問支援の拒否となって、現実的に部屋や家の扉が閉まることになります。家庭訪問支援では、訪問支援者の言動はそのまま自己再帰的に訪問支援者自身に跳ね返ってきて、支援することそのものを拒否される結果になります。
特に協働的関係がまだ構築されていない家庭訪問の初期の段階では、被支援者の価値観・信念、家庭文化を支援者自身がむしろ徹底的に理解することに専念すべきです。それでも被支援者と支援者との微妙な不一致や対立は避けることができません。しかし被支援者も支援者もこうした不一致に傷つきながらも一致の出あいを求め合って歩む中で、ごく自然に両者が共に変容して、共に新しい世界に“こころ”を開きあうことが可能になる時がやってくるのです。この段階に至れば、もはやちょっとした言動の不一致によってお互いの信頼関係が崩れることなどないという絆が構築されます。