「気になる他者」について:親密な他者となる前提

名古屋水族館のイルカがペアで泳いでいるところの写真
名古屋水族館

地縁血縁の絆に基づく地域共同体が解体していく現代社会における家庭訪問支援などにおいては、支援者が当事者に対して、地縁血縁関係者の代替機能を担う「親密な他者」となることが大切です。ところが、家庭基盤が脆弱だったり、重層的な問題をかかえ込んでいる家庭は、地域社会ですでに孤立しており、支援者が、「親密な他者」になることすら困難となる場合がしばしばです。

地域社会で孤立する家族にとっては、世間の人や社会は、信頼に値しないか、あるいは批難ばかりしてくる警戒すべき対象という感覚が、これまでの人生の歩みを通して形成されてしまっていることが多いものです。そうした当事者の感覚は当然のこととして支援者にも投影されてしまうため、支援者を関係のない他者として排除したくなるか、あるいは土足で侵入してくる迫害者として憤怒しがちです。

そこで、支援者が、信頼に値する「親密な他者」になることが困難な場合には、まずは「親密な他者」となる前段階として、せめて「気になる他者」となることが大切になります。地域社会で孤立する人にとっては、「自分の存在を気にとめていてくれる人」と、まずはなることが重要なのです。当事者の生活の中に、定期的に関わってくる「気になる存在」となることです。関係のない他人ではなく、まずは「他者」になることといえます。

もし「気になる他者」となることができたならば、次にお見合いのような関係が成立し、定期的な支援の約束を取り付ける可能性が拡がります。無論、この段階で、お見合い後のお付き合いが不成立となる場合もあります。しかしお見合いが成立し、デートのような関係を続ける間に、相互の信頼関係が樹立したならば、両者が「ほどよい距離を維持しあいながらも、また会いたくなる関係」を形成することができます。それが、「親密な他者」といえます。一度、これまでの地域社会で孤立していた人の「親密な他者」となれたならば、今度は、他の信頼できる人と社会資源とを「繫ぎ手」になることが可能となります。

「親密な他者」となれたならば、次は、被支援者の抱える生きづらさを共有しながら、共同研究的協働関係を構築しながら、共に少しでも生きやすくなる道を共創していくことが可能になります。