支援者の中には、頑固な問題を抱え、なかなか変容しない被支援者に対して、被支援者のいないところで、「抵抗が強い」「疾病利得を求めている」「病理が重い」などと見立てながら、結果的に変容のなさの要因を被支援者の責任に帰してしまう人がいます。しかし、こうした支援者ほど、日頃実施している支援法の問題や限界については見直しをせず、これまで実施してきた支援法をいたずらに正当化する傾向にあります。
特定の理論や技法に長けたベテランの支援者が、難治性の事例を抱えて孤軍奮闘する後輩をスーパーバイズする際も、上記にあげた被支援者の問題を指摘することによって後輩の労苦を労い、後輩もまた救われた気持ちになるということが散見されます。
こうした現実を目の前にするとき、処遇困難な難治事例に向き合う際の支援者は、より謙虚かつ真摯な態度に心がける必要があるとつくづく自戒されます。すなわち、今、実施している支援法での限界をしっかりと認め、これまでの理論や技法に拘ることなく、少しでも好ましい変容を促進する方法を模索するような倫理観が求められるのです。もし自分以上に、よき手段を持っていると思われる支援者が浮かぶならば、その支援者を紹介し、橋渡しするような倫理が求められるのです。しかし、もしもそうした紹介先が浮かばない場合には、今の限界を率直に支援者に自己開示し、当事者と協働しながら、少ででもよくなる方向を共に探求すべきかどうかを被支援者に提案するべきと考えられます。