
身体活動と意識活動は不可分一体です。ところが我(現実主体)の意識活動は、すぐに身体活動と意識活動を分けてしまうだけではなく、あたかも身体活動を自分の思うままに制御できると錯覚してしまいます。
特に思考優位(外我優位)が加速化する現代社会は、ますますその傾向を強めています。その極めつけは、あたかも生々しい身体である肉体の実感すら失ってしまっていく人の増加です。
しかし、私たちは誰でも身体的自己があって我があるのであって、我は身体的自己によって生かされています。
我を騎手と比喩するならば、身体的自己は馬です。そして、馬と騎手が人馬一体になることが大切です。もし騎手が馬の意志を無視するならば、馬の命が危険にさらされることになるか、騎手が落馬することなるといえるのです。