事例はDさん(20代後半、女性)。彼女は医療機関で「自閉スペクトラム障害」と診断され、摂食障害にも悩んでいます。セッションは、隔週の20回目です。
Dさんの言動は、「 」で示し、カウンセラー(Coと略)の言動は< >で示します。
D:「前回のアドバイスを受けてから、自分のスタイルを作るといいと聞いて、自分のスタイルを考えてみました」「いろいろやってみたけど、自分のスタイルがピンと来なくて、違う視点で考えてみると、『一般化』 と 『他人ばかりに目がいく』という問題があるとわかった」と抑揚のない声で、Coに一度も視線をやることなく、淡々と自己自身の問題の分析結果を述べながら、「レポート」風に分析結果を記したノートのコピーをCoに手渡しました。
Dさんは、Coがレポートを読もうとするのを待たずに、
D:「他人ばかりに合わせてしまって、それに振り回され、自分のことがほったかしになって、自分を傷つけてしまうという問題点が頑固にある」「決めつけてはいけないとわかってきたけど、雑誌のモデルのような人のスタイルに憧れ、同じにならなくてはというパターンに頑固にはまる」と抑揚のないトーンで語り続けました。
Coは、適宜、Dさんの語りに対して要約反射しながら分析作業が共同研究的協働作業になるようにサポートします。
すると、「本当の素直な自分を出していけばいいけど、どうしても自分は外見で判断してしまう」と自己否定的なトーンになって語りだします。そこで、Coは、Dさんの頑固に反復してしまうフラクタル構造を、あるがままに受け止めながら、どのような方向に変化していけばいいかというテーマに面接の焦点を絞っていきます。すると、
D:「いろいろな人がいるのでしょうがないから、どう思われてもしょうがないというような考えになればいいけど・・」と、今度は新しい考え方に拘りながらも、それができないという否定的トーンで語りだします。
そこでCoは、理想的外見やモデルのスタイルへの一般化と理想に拘ってしまう自分(外我)と、その外我に振り回されて自分(内我)がいて自分一人ではなかなか抜け出せない悪循環パターンに陥っていることの意識化と共有化をABCモデルのC点から共創的に俯瞰していける構図の設営に創意工夫を凝らします。
そしてCoは、ポツリと、<これだけ頑固だと、変化は少しずつしか変化しないだろうね>と呟きます。すると、
D:「そうですね。 少しずつですね」と言いながらも、今度は、「他者にいいと思われないといけないと思う自分がいて、自分がよくないと思っても素直にいえない自分がいる」「自分が違うと思うと、すぐにみんなに合わせないといけないんじゃないかと思ってしまう自分がいる」「人間観察しすぎる自分がいる」と、外我優位の分析的語りから、内我の苦悩がCoに伝わってくるような語りに微妙に変化してきました。そこでCoは、Dさんの外我に対しては、無批判・無評価・無解釈の立場から、ただあるがままに鏡映的に反射し、Dさんの内我には対して、その苦痛を増額・拡充しながら共鳴的反射に心がけながら対応してしていきます。すると、
D:「前に比べて友達が出来て変わってきた」と語りだします。そこで、変化した点の明確化を徹底していくと、
D:「感情の変化をみれるようになった」「人は天気のように感情の変化に振り回されるということがよくわかってきた」と、Coとの共感に刺激されるようにして、新しいトーンの語りに微妙に変化していきます。
こうした大きな意味のある小さな変容(創発ポイント)の強化を図るためにCoは対話法を実施することにします。
「自分が他者からどう見られているのだろうと気になってしまう」Dさんを小物の「オカリナ」で外在化し、私がDさんの前に置きました。そして次のように問いました。
Co:<自分が他者からどう見られているのだろうかどうしても気になってしまうこの自分(オカリナ)に向かって、他者が何かいうとしたらどんなことを言うと思う?> と他者を小物のドラゴンでCoが外在化し、オカリナの代わりにDさんの前に置き、外在化されたオカリナをCoの前に置きかえて尋ねました。
D:「外見も内面にも魅力がないし、ただの人という風にみているかも」(他者の気持ちの推量が苦手なDさんは、他者の立場にはなりきれないものの、ある程度D自身の不安を投影するよう推察することができます。


Co:<それでは、他者からこの自分が、もし外見も内面にも魅力がなく、ただの人と見ているのを知ったら、この自分(オカリナ)はどんな気持ちになり、どんな風にこの自分は他者に対して振るうと思う?>と、ドラゴンとオカリナの位置を再び入れ換えます。
Dさん:「落ち込んで、また外見や内面にこだわり、一層外面を変えようとモデルのようになろうとする」
Co:<人から外見も内面も内面も魅力がないと見られているのでないかとドラゴンのような他者を気にし、そして一層、外見にこだわってしまってダイエットをして、モデルのようなスタイルにならなくてはと、この自分(オカリナも) 思ってしまうんだよね>
D:大きくうなづきます。
その後、問題をちゃんと見つめられるようになったとしても、<モデルのようなスタイルになりたいというドラゴンが相当頑固>ということをCoとDさんで徹底的に共有していきます。Dさんの自己違和的不一致感に対するCoによる共感的一致です。Dさんは、理想の体重や体型への拘り(既知のホロニカル主体:理)を内在化する他律的外的現実主体(外我)をもつDさんの面が頑固で融通が利かなく、内我(身体的自己を直覚するDさん)の面は、「いくら努力しても、できなくて悔しい」「またやると問題が出てくることがわかっているので、身体がもう反応しない」という状態であることへの徹底的共有化を図ります。そして、その上で、
Co:<どうしてもモデルのようなスタイルになりたいという頑固さがあることをわかっているけど、悔しいけど、もう身体の方がもう悲鳴をあげてしまって反応できなくなってしまったのではないかなあ。でも、その反応って、ひょっとすると、こうした反応は、Dさんもごく自然な身体の反応ではないかなあ>と指摘します。すると・・。
D:すると、急に、すっきり顔になります。
このセッション後、Dさんの生き方は、外我優位で、理想の自己像に現実の自分を無理に変えようとしてきた生き方から、障害特性をもった自己自身をそのまま自己受容していくような「今の自分のままでいい」という感覚を大切にしながら生きる方向に変化していきます。
解説:「アンとサリーの課題」と言われる誤認識によって対人関係で苦悩する自閉スペクトラム障害を抱えるクライエントへのホロニカル・アプローチによる対応事例です。外在化を使った対話法は、むしろ内在化された他者との対話によるパターンの顕在化を図り、複雑な自己と世界、自己と他者との関係に混乱させられる状態を、支援者と被支援者が共同研究的協働関係を構築することによって、共創的俯瞰の布置を可能とし、より適切な自己対象関係の変容の契機をもたらすことが可能になりました。