ただ観察(8)

ただ観察」とは、自己と世界の出あいの時々刻々に変化する身体的自己が実感している直接体験のプロセスをひたすらトラッキング(追跡)し続けることです。

善悪や好き嫌いなどの一切の判断を加えず、先入観もなく、自己および世界の出あいの最先端をそのままに観照することです。

鈴木大拙の「観ることは、悟ることなり」や、西田幾多郎「主客合一」や「純粋経験」のように、言葉の介在なし(無我)になって自己および万物を観ることです。が、すぐに、我(現実主体)の意識が働き出してしまうため持続するのが難しいですが、ちょっとした修行や訓練すれば、短い間ならば誰にも可能になります。