生き生きとした自己を実感・自覚するための条件

自己とは、あらかじめ存在する固定的なものではありません。

生命が動くこと――それ自体が、自己の顕れなのです。「自己が生きている」のではなく、「生きていること」そのものが自己なのです。言い換えれば、経験があって自己があるのではなく、経験することそのものが自己なのです。動く主体が自己なのではなく、動きそのものが、自己の生成を形づくっているのです。

このように、自己は静的な「物」ではなく、自己組織化する動的なプロセスです。“こころ”の生成もまた、このプロセスの中で起こるものであり、常に世界との相互作用の中で新たに形を変え続けます。そこには、固定した「自分」も、「常に同一の自己」も存在しません。自己とは、世界とせめぎ合いながら絶えず変容し、やがては死に向かって生を生きるーーその生命のはたらきそのものなのです。

自己は、世界があってはじめて自己となります。
「自己なき世界」「世界なき自己」という観念は、知的な抽象にすぎません。実在する自己とは、世界とともに実感され、自覚される関係的存在なのです。すなわち、実存する自己の実感・自覚は、世界の実感・自覚と常に同時であり、「自己即世界・世界即自己」という同時相関のもとにあります。私たちが「生きている」と感じるとき、それは自己と世界が同時に覚醒している体感であり、相互生成の瞬間の感覚といえます。

しかし、自己が自立のみを追い求めると、世界との相即関係を失い、独我論的な閉鎖空間へと陥ります。そこでは、頭でっかちな観念的「外我」が支配し、自己中心的な思考が生じます。ホロニカル・アプローチでは、このような偏りを乗り越え、自己と世界の同時生成性を回復することが、実存的自覚の核心であると考えます。

「考えながら生きる」のはなく、「感じながら生きる」ことが大切になるといえるのです。