生命とは

AIで生成

私たちは、しばしば「生命をもつ自己」という表現を用います。しかし、厳密にいえば「自己が生命を持つ」のではなく、「生命活動そのものが自己の働き」であるといえます。生命は、自己の外にある対象的なものではなく、自己そのものの生成的な動きなのです。生命を離れて、別のところに自己があるわけではありません。

ホロニカル心理学の視点からみれば、生命とは、一即多・多即一のせめぎ合いがつねに働いている「揺らぎの場」として理解されます。「一」とは、自己と世界が未だ分かたれぬ無境界のを意味します。そして、その「一」は同時に、無限の多を生み出す潜在的な創造の力でもあります。すなわち、「一」は「多」を生み、「多」は再び「一」へと包み込まれていくという循環のダイナミズムの中で、生命は生成と消滅を絶えず繰り返しているのです。

この「無境界の一なる場」において、無限の多が生まれるとき、そこには必然的に「不一致」が生じます。ホロニカル心理学では、この不一致の重ね合わせが、やがて秩序として結晶化することによって、自己が自己組織化されると考えます。すなわち、生命の原初には「不一致を減じようとする秩序化の働き」、すなわち「自己組織化の萌芽」が存在するのです。

不一致を調整し、多との一致を促進するために、生命は排出と摂取という交換を行います。不要なものを排出し、必要なものを摂取する。この円環的な働きによって、生命は自己と非自己の境界を絶えず描き直しながら、自律的な存在として形成されていきます。このようにして、排出と摂取の非連続的連続の中に、自己と非自己をめぐる生命の創発が生じるのです。

この過程をホロニカル論的に見るならば、生命とは、矛盾と対立、多様化と統合という相反する作用が、相矛盾しながら同一に展開する働きそのものです。ミクロからマクロに至るまで、世界のあらゆる出来事が重々無尽に連関し、相互に包み合いながら展開する――この関係性こそが、生命のホロニカルな本質であるといえます。

自己と世界の不一致と一致のせめぎ合いが同時に作用し、その動的平衡のなかで「自己としての生命」が自己組織化されていく。これが、ホロニカル心理学における生命理解の中核です。

そして、「自己と非自己が対立する以前の場」、すなわち切断以前の世界こそが、生命の根源的な場といえます。自己と非自己という矛盾を包摂する「場」そのものが、生命活動の源泉であるのです。ホロニカル心理学では、この「非自己化される前の世界」を、古来の言葉でいえば「自然(じねん)」と呼びます。それは、自己を生み出し、自己を超えて包みこむ働きをもつ根源的な生成の場であり、まさに生命の「生まれ続ける場所」なのです。