“こころ”は、さまざまな形で対象化され語られることがありますが、“こころ”そのものを対象化することはできません。“こころ”が観察対象として意識される場合、それは限定されたときの働きであり、あくまで“こころ”そのものではありません。
“こころ”そのものは「無」(絶対無)です。“こころ”とは、絶対無が自己矛盾によって絶対無自身を映そうとする場所のことです。この絶対無の場所で、森羅万象の出来事が展開されます。
絶対無から創造された私たちは、場所的自己(場所的“こころ”)として、自己に場所の一切を映し取り、自己に取り込もうとします。場所そのものが“こころ”であり、場所に“こころ”の働きが別途存在するわけではありません。絶対有の世界を創造する絶対無の場所が“こころ”です。
ホロニカル心理学における“こころ”とは、絶対有の世界を支える絶対無の場所のことです。この“こころ”の捉え方は、物質と意識を対立的に捉える立場とは異なります。