
私たちは普段、“こころ”を「自分の内側にある内的世界」と捉えがちです。知・情・意など、内側の働きが“こころ”であると考えています。
しかし、ホロニカル心理学では、“こころ”をまったく異なる角度から見つめます。
ホロニカル心理学では、「“こころ”の働きとは、場の働きである」と定義します。
“こころ”は、単一の内的実体として個体内部に存在するものではありません。むしろ、物理現象から精神現象にわたる複雑な現象世界そのものが、場としての“こころ”の働きによって成立していると考えます。本来、“こころ”それ自体は固有の本質をもたない働きであると捉えられます。こうした言詮不及の場の働きが、多層多次元に識別される現象として展開すると理解されます。
このとき現象世界は、ミクロからマクロに至る一切の事象が、部分が全体を包摂し、全体もまた部分を包摂するという縁起的包摂関係(ホロニカル関係)にあります。したがって“こころ”は、個体内部に閉じた心理機能ではなく、環境・他者・歴史的条件を含む広範な関係性を有する「場」において、自発的かつ自展的(自己の内在的秩序に沿って展開すること)に生成と消滅を繰り返すプロセスとして理解されます。
このような“場”としての“こころ”の理解は、哲学的には西田幾多郎の「絶対無」や、仏教思想における「空(くう)」の概念と相似性を有します。両者は起源・目的・方法論において異なる伝統に属しますが、いずれも存在が固有の自性をもたず、関係性の網の目の中でその都度成立するという無常の動的プロセスへの洞察を共有しています。
ホロニカル心理学は、“こころ”の現象を「場の働き」として捉えることにより、絶対無(空)が示唆する根源的構造を、経験科学の領域において理論化する試みとして位置づけられます。すなわち“こころ”は、個体内部に固定的に存在する心理的属性ではなく、関係的・場的・生成的プロセスとしての心的現象を記述する概念です。したがって“こころ”は、面接場面においては語り・沈黙・身体感覚・関係の距離感などとして立ち顕れ、支援の「場」の指標として観察・記述されます。