
何かを意識するとは、私たちの意識が観察主体となり、観察対象としての「何か」を識別することだといえます。ここに「我(現実主体)」の心理学が成立します。
しかし、意識が生じる直前には、観察主体と観察対象の区別はなく、自己と世界の境界すら存在せず、ただあるがままの全一的な体験があるだけだといえます。ここに「無我」の心理学が成立すると考えられます。
西洋の「有」の思想は,「我」を強く意識し、主観と客観、自己と世界を区別することによって、科学技術に支えられた今日の世界を構築してきたといえます。これに対して東洋の「無」の思想は、無我となることを重視し、無為自然のあるがままの世界への覚醒を大切にしてきたといえます。
そしてホロニカル心理学では、こうした観察主体と観察対象の関係は、一瞬・一瞬、ホロニカルな関係(縁起的包摂関係)を形成しながら変容し続けていると統合的に扱うことができるという立場を取ります。すなわち、「我」を重視した心理学と「無我」を重視した心理学を統合的に扱う立場が、ホロニカル心理学の立場です。