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ホロニカル心理学で、“こころ”は絶対無(空)という時、“こころ”など実体として何もないという意味ではありません。といって、“こころ”が主語となって万物を生み出す源と述べているのでもありません。無限の多を創り出すものが、“こころ”の働きと考えているのです。“こころ”は、存在として形があるようなものではなく、無限の多をつくりだす働きそのものと考えているのです。
大和言葉では、昔から、山川草木にわたり「あらゆる出来事に、“こころ”の働きを感じ取ってきたと考えられます。現代日本人が、今日一般的に使っている「心」はもっと自己内の意識活動に限定されていると考えられるのです。
“こころ”は、空(絶対無)として絶対的一性の働きをすると同時に、“こころ”自体は、何ら固有の本質的な形を持たず、重々無尽の多の世界を創り出す働きをもつものと考えられるのです。それを般若心経では、色即是空、空即是色と語っていると考えられるのです。
“こころ”=空(絶対無)という絶対的存在が何かあって、それが分節して無限の多を創り出すのではなく、“こころ”=空=絶対無が、一即多、多即一として働くものでもあると考えられるのです。