心理相談、心理面接、カウンセリング、心理療法といわれる世界に関わっていると、「第3者の立場から、本当の気持ちを聞いてやってください」「私に本当の気持ちをいえないなら、カウンセラーに本当の気持ちを聞いてもらったらいいのでは」「私の本当の気持ちがどこにあるのかわからない。教えて欲しい」など、あたかも臨床心理技術者ならば、「本当の気持ちがわかる」という暗黙の期待があるかのような出来事にしばしば出あいます。
しかし、これは明らかな期待過剰であり幻想です。そもそも臨床心理技術者も、ひとりの人間であり、自分自身の「本当の気持ち」すらわからないものです。自分すら本当の気持ちがわからない臨床心理技術者が、あるクライエントの本当の気持ちなどわかるわけもないのです。ただクライエントにとって、安全で安心できると支援の場で、臨床心理技術者に了解されてくることは、臨床心理技術者のとる態度とクライエントの関係性の特徴や、臨床心理技術者以外の人や支援場以外の場所でのクライエントの内的世界や外的世界の特徴が、次第に支援の場で明らかになってくることです。そうした気づきが、新しい生き方の探求にとても手がかりになるということがあります。
臨床心理技術者の「客観性」も怪しいものです。臨床心理技術者も、主観性をもったひとりの生の人間である限り、人と人の人格のぶつかり合いのような関係においては、臨床心理技術者が科学者が物を対象として研究する時のような態度を維持することはとても難しいといえます。ただいえることは、臨床心理技術者は、クライエントの日頃の人間関係のしがらみからは、少し離れたところにいるのが一般的であるため、身内や知人・友人よりは、いろいろな利害から、「ほどよい距離」をとれる立場にあるとはいえます。しかし、これもまた臨床心理技術者とクライエントの関係が密濃くなるほど、「ほどよい距離」が両者で保てるかどうかが、支援の展開の根幹に影響する重要テーマとなります。
その上、「ほどよい距離」のテーマも、今日のように社会の場自体が、いろいろな矛盾を抱え込んで安定性を欠き、一様でなくなってきた時、臨床心理技術者もクライエントも場所の抱える矛盾を抱えて、共に生きづらさを抱える者同士という関係になりつつあります。すなわち、「両者が共にほどよい距離」を保ちながら、生きづらさを共にし、より「生きやすい道」を共創的に発見・創造することがますます重要になってきています。社会が一定し安定していた時代には、非日常的な安定で安全な支援の場(面接室)から、クライエトの生きる日常での場所での逸脱を明確化し、対応することが可能でした。しかし今日のように変動社会においては、非日常性と日常性の区分けも困難となり、臨床心理技術者もまたクライエントと共に、生きる場所の矛盾を抱え込んでいます。こうした状況下では、客観的な態度そのものが、既に現実の社会環境から切り離された傍観的な場所に臨床心理技術者がいることを意味します。それでは、非日常的空間のもつ保護的時空間の保障の意味は、クライエントにとってではなく、臨床心理技術者にとって、安全で安心できる保護的な場所に過ぎないといえます。
クライエントと臨床心理技術者が、被支援者・支援者関係を超えて、共に生きづらさを共有し、共に安全で安心できる場を共創しながら、共により生きやすい人生の道を発見・創造しあっていくような場づくりが必要になってきたとホロニカル心理学では考えています。