究極的なもの

究極的なものは、言語による表明や対話によって、すべてをつまびらかにできるような代物ではなく、言語や対話を通じて、その背景に無限の広がりを持ったものとして、より実感・自覚的に感得・体認されてくるものと考えられます。

究極的なものは言詮不及といえます。言語化した途端、言語の違いのもつ共訳不可能性が立ち塞がるといえます。その結果、言葉にする限り、限りない対話が必要になります。