共同研究的協働(5):内界中心の支援から共創的支援の時代へ

今にして思えば、内界中心型の心理療法が有効だったのは、外界がアナログ的価値が中心だった時代までではなかったかと思われます。

アナログ時代は、社会生活を過ごす上での常識的感覚をお互いが共通感覚として持ち合っていたと思われます。少なくてもそのような共同幻想が暗黙のうちに生活世界に浸透していたように思われるのです。したがって心的問題や症状を抱える人とは、マジョリティを中心とした社会の正規分布からみて、統計学的に明らかに有意な差のある人のことでした。

そしてその異常は、学問的科学的にアセスメント可能とされてきました。そして、心理療法の目的も、できるだけ標準的社会への適応を促進することが暗黙の目標とされていました。義務教育中の児童・生徒の不登校については、学校に通うことは社会の常識であり、神経症や不適応問題として扱われ、学校復帰が治癒目標になりました。この時代は、内的世界の安定化は、外的世界への適合として考え出されていたわけです。

しかし、その後、不登校を「文化の影を背負った病」として捉えていくような新しい流れが出てきました。不登校を個人の病理の視点で見るのではなく、登校することを絶対神話とする学校や社会のあり方の根底そのものから考え直そうではないかというトーンに変化したわけです。こうした視点は、内的世界が抱える心的葛藤を、外界と内界との間の葛藤として捉え直し、不登校を新しい学校文化の創造の契機としていくような潮流をつくりだし、スクールカウンセラーが“こころ”の専門家の象徴としてもてはやされるような“こころ”のブームを創り出しました。

しかし現代社会は、アナログ社会から高度情報化社会への転換を加速度的に世界規模で迫られる中、外的世界の価値観は、さらに多様化・多元化し、かつ錯綜化してきています。人と人の間における共通感覚の解体化が促進され、常識や信念対立がむしろ激化し、多くの人が他者や社会に対する違和感や異質感を抱きやすくなってきています。不登校問題でいえば、学校復帰を重視する考え方から、そうでない考え方まで、実に多様化し混沌化してきたといえます。

外的世界の多様化・多元化は、内的世界の混沌化に影響します。また内的世界の多様化・多元化は、外的世界の混沌化に影響します。このことは、内的世界中心の対応の困難化のみならず、外的世界を生きやすい環境に調整しようとしても一律調整の困難化を意味します。

社会の文化や価値が加速度的に多様化・多元化していく時代に突入してからは、内的世界を対象とした心理療法が面接室や診察室で有効性を示しても、安全で安心できる居場所を離れて錯綜する生活世界に戻れば、たちまちのうちに混沌とした外的世界の渦に巻き込まれて、そのあまりのギャップに、さらなる生きづらさを痛感させます。

こうした現実に直面するとき、これからの対人援助は、内的世界に影響を与えている外的世界、外的世界に影響を与えている内的世界を、共に積極的に扱っていくような統合的アプローチへの転換が、資格や領域のパターナリズム的利害関係の壁を越えて必要になってきていると考えます。

残念ながら専門家の間では、まだまだ内的世界と外的世界は、専門家が実践や研究の対象とする差違の分だけ多層多次元に分断されたままです。外的世界と内的世界の狭間で生きづらさを感じて生きる人を支えるためにも、内的世界と外的世界を共に大切にしていくような統合的アプローチへの転換が急務と思われます。

社会的問題化している子ども虐待、いじめ・いじめられ、不登校・ひきこもり、DV,パワハラ・モラハラ、LGBTといったテーマも、内的世界と外的世界に至る多層多次元な問題が重層的に錯綜しています。こうした錯綜する問題に対して、内界中心型のセラピーによる対応だけでは限界が明らかです。といって、当事者不在のまま多職職との連携を促進したり適切な環境のマネージメントを図ろうとしても、当事者の不信と警戒心を一層強めてしまうなど限界が明らかになってきています。

ここにホロニカル・アプローチのような統合的アプローチのパラダイムの構築の必要性が明らかになってきているのです。内界か外界といった二元論的アプローチや、専門家の役割分担による連携でも不十分です。それぞれの人が、自分の得意分野からアプローチしながらも、共創的に新しい観点を共同研究的に協働しながら創発するといったアプローチが必要なのです。足し算は統合的アプローチにはならないのです。また専門家中心の治療的支援ももはや限界です。これからは、当事者参加型の共創的支援(当事者と支援者の共同研究的協働関係の構築による支援)といったパラダイムへの転換が必要になってきています。当事者不在の連携では、利害対立の激化や、声高で威圧的な立場にある人や社会的権威があるとされている人によるパターナリズム的支援に支援の場が管理され、共創的支援の場のもつ創造なき支援に終わっているのが実態です。

変動社会における対人援助においては、当事者も参加した共創的支援の場づくりが重要となってきているのです。またそのためには、多層多次元にわたる内的世界と外的世界の両者を統合的に扱うことを可能とするパラダイムが必要です。