
自己愛の傷つきによる憤怒は、自己に自己違和的なものを迫る出来事に対する、生存をかけての否定意志表示であり、自己の主体性と深いつながりを持つのではないかと、多くの心理社会的支援の実例から考えるようになってきています。
憤怒を忘れる人ほど、主体的な意志を放棄することにつながっているのです。
憤怒の破壊的なエネルギーは、新たな自己や世界を創造的に変革しようとする力としても働くものです。憤怒が何かを破壊するだけに終わるのか、それとも何か新しい創造のためのエネルギーとして働くことになるのかは、心理社会的支援の成否を握るテーマといえるのです。