
気づくだけでは変容しない時代が到来しています。
今から40年前、心理療法の世界では、カウンセラーの「傾聴」によってクライエントが自らに気づいていくことの大切さが強調されていました。カール・ロジャーズの唱えた「自己一致」「無条件の肯定的関心」「共感的理解」の三原則は、カウンセリングの基本的態度として日本中に広がり、クライエントが自らの内面に気づき、自己理解を深めるための技法として支持を集めました。
そして、1990年代以降の日本では「こころの時代」と呼ばれるブームが起こり、カウンセリングマインドは“生きる意味”や“心の安らぎ”を求める社会的潮流となりました。物質的豊かさの中で、合理性だけでは満たされない生の渇きを抱いた人々にとって、カウンセリングはまるで「目から鱗が落ちる」ような新しい価値観をもたらしたのです。
ただ黙って相手の話を聴くという単純な態度が、いつしか「傾聴神話」となり、人々の心を癒す象徴として語られました。
しかし、その神話が生まれた背景には、ひとつの時代的共有基盤がありました。多くの人々が物質的豊かさを超えて、精神的充実や内的成長を求め始めたのです。社会全体が“神話”を必要としていたとも言えるでしょう。
けれども、現代はその時代とはまったく異なる地平に立っています。価値観は多様化し、誰もがそれぞれの「当たり前」を持ち寄りながら生きています。もはや、同じ神話を共有することができない社会において、「気づき」だけでは変容は起こらないのです。気づいたとしても、どのように他者と折り合い、異なる価値観の人々と共に生きるかという“対話的変容”の技術が求められています。
それは単に自己理解を深めることではなく、他者と自分との間にある中間領域で、互いに妥協し、創造的に新しい関係を築いていくことです。たとえば、AとBという二つの異なる立場が出会うとき、AはBとの関係を通してA′へと変容し、BもまたB′へと変わっていきます。そのせめぎ合いの場に生まれる“C”——それこそが、ホロニカル・アプローチのいう「縁起的包摂関係の場における創発」です。
この「C」を最初から目標として設定することはできません。Cは、異文化的交流の周辺で、互いが関係性の中から自ら創発していくものだからです。そのためには、グローバルな抽象論ではなく、ローカルな場が必要になります。ローカルとは、地域や組織だけを意味するのではなく、むしろ「自分という一個の存在」が周囲との間に結ぶ、最も繊細な接点のことです。
自分というローカルな存在が、他者や社会という周辺と響き合う“波”のような関係の中で、新しいバランス点を見出していく——それが、現代における“変容のかたち”なのです。そこでは、傾聴や気づきだけでは不十分です。気づきの上に立ち、どのように身をこなし、対話し、調整していくかという「生きる技法(ライフ・テクノロジー)」が求められます。
ホロニカル・アプローチは、この「共創的変容」の技法体系として位置づけられます。それは、問題を個人内部に固定せず、社会的・文化的文脈の中で外在化し、互いの“違い”を糸口にして新しい関係性を生成していくものです。ガザ問題や国際紛争のような世界的課題も、この視座で見れば、異なる価値観の交錯の中に潜む「中間領域」から紐解かれていくでしょう。
もはや「気づくだけで変わる」時代ではありません。
大切なのは、気づいた上でどのように変わり続けるか、他者とどのように世界を共に創り続けるかです。
それは、終わりなき「共に学び、共に生成し続ける態度」として、私たち一人ひとりに問われているのです。