
生命という現象は、単なる解釈や分析、あるいは部分や要素への還元によって理解できるものではありません。生命とは、自己と世界との触れあいのなかで立ち顕れる生々しい直接体験であり、それを自己自身が実感し、自覚するしかない現象といえます。解釈や分析によって還元されたものは、あくまで抽象化された概念にすぎず、生きてきた現実そのものではありません。
このように、生命現象に関する直接体験は、すべてに先行するアプリオリな現象であると位置づけられます。
内我(内的現実主体)は、自己と世界の触れあいを身体的自己の基盤において直覚する時に生起します。それに対して外我は、内我と世界を観察対象とし、識別しようとする観察主体として生じます。重要なのは、内我も外我もともに、自己と世界の直接体験の刹那の後に生成するという点です。
したがって、内我や外我が生起する以前に、自己が自己自身の直接体験そのものを実感し、自覚していること自体が、生命現象そのものだといえます。すなわち、生命現象があってこそ自己が生まれるのであり、自己が生命現象を所有しているのではありません。生命現象は、自己に先立ち、自己を可能にする根源的な現実と考えられます。