ある時、「お世話になりました。今日の面接で終わりでいいです。死ぬことに決めましたから」と淡々と語った後は、ただ沈黙した30代の男性がいました。
「死にたい」「消えたい」「殺したい」と口にする人には数多くあってきました。しかし、彼の態度は、これまでとは次元が異なり不動の態度です。覚悟を語り終わった態度は、この世の世界に向かうことを一切やめ、もはやブラックホールの底しか見つめていません。彼の態度に圧倒されてしまった私は、あたかも石のように固まってしまって言葉も出てきません。今思えばほんの数秒だけだったのでしょう。しかし、あたかも時計の針が止まってしまったような無機質な時が刻々と流れていきます。そして、ふと私までブラックホールに呑み込まれそうになっていることに気づきます。
私自身が目覚めた瞬間、窓の外では、さかりのついた雀たちが騒々しく愛を語りあっているのが忽然と聞こえてきます。
眼前には、死の世界、そのすぐ数メートル脇では、愛の世界が非情にも展開しているのです。私には悲哀の涙が溢れだそうになり、それを隠すようにして窓の外の電線に停まりひたすらけなげに愛を語り合っている雀たちを複雑な思いで見ます。
すると、その時です。彼の身体も私の仕草におもわず共鳴するかのようにして、電線の雀たちを眺めたのです。
その刹那です。私の“こころ”の中から、次の言葉がごく自然に沸き上がってきました。
「もう一度、雀たちのさえずりを聞こうよ」
すると彼の目からは涙が忽ちのうちに溢れだし、激しい嗚咽となりました。
彼は確実に死ぬことしか考えていなかったし、彼の意識は、この世をまったくシャットアウトしかけていました。しかし、彼にも雀のさえずりが鮮やかに聞こえてきてしまったのです。その瞬間、彼はこの世界と再びつながりを取り戻してしまったのです。
ホロニカル心理学では、自己と我(現実主体)を区別します。自己とは心身一如の存在であり命そのものです。確かに彼の我(現実主体)は、死を決めたのでしょう。でも彼の命の源である自己は、我には関係なく、ただひたすら生きようしていたのです。我を忘れ、雀を通じて世界とつながった時、とても苦しいが生きている自分自身に再度目覚めたといえます。
※カテゴリー「事例的物語」は、ホロニカル・アプローチによる実際の事例をいくつか組み合わせ、個人が特定できないような物語として構成されています。