親密な他者(1):親密な他者となる

人のつながりのイメージのイラスト自由競争、生産性の追求、進歩主義、個人主義をまい進する現代社会は、真に生きやすい社会といえるのでしょうか?

パソコン、スマホ、タブレットが世界中に浸透し、インターネットのおかげで、様々な情報がつながるようになった高度情報化社会においては、「今・ここ」に常に“こころ”はあらず、常にバーチャルな世界に気を取られ、「今・ここ」というに命を生きることを奪われてしまっていないでしょうか?

グローバル規模で加速度的にネットワーク化していく高度情報化社会の登場は、あっという間に地域や土地に生きる土臭い生き方を遺跡のごとく追いやってはいないでしょうか。人々は、時間に追い立てられ続け、心身を休めたり、立ち止まったり、時には後戻りしてみることなど少しも許されず、もしもほんの少しでもそんな気持ちにとらわれでもしたら、たちまちのうちに加速度的社会から脱落してしまうのでないかという不安や恐怖を“こころ”のどこかに抱き続けざるを得なくなっているのではないでしょうか。華やかな表面的な世界のイルミネーションの下、生きる上でもっとも大切なものを失い続けているのではないでしょうか?

人と人、人と自然の対話が不在化し、社会の今の価値を達成したほんの一部の勝ち組のような人たちを除き、ほとんどの人々は、人・社会・自然との関係が疎隔化し、お互いに縁のない、誰も私の名を呼んでくれない無縁社会に生きはじめているのではないでしょうか。

こうした現実を前にする時、心理・社会的支援においてもっとも大切なことは、治療でもなく、指導でもなく、教えようとすることでもなく、ましてや変えようとすることでもなく、まずは、生きづらさを抱えている人の人生にしっかりと応答できる「親密な他者」になることではないでしょうか。そして、それはひょっとすると心理・社会的支援者自身も求めているものではないでしょうか。

ホロニカル・アプローチでは、被支援者にとって、「親密な他者」となる人が増える場づくりも重視しています。