“ゆらぎ”のホロニカル性

起源・始原において産みだされた言葉には、その後、人類の進化とともに獲得されていく多様な言葉を産み出す全ての源(元型)となるものが包摂されていたと考えられます。

個人史でも同じです。産声とは、自己と世界のかけがえのない出あいのもつ意味を、その後あらゆる言葉でもって表現することになる潜在的力をもった象徴言語と考えられます。

赤ん坊の産声は、自己と世界の出あいの“ゆらぎ”そのものです。産声は、快・不快、喜怒哀楽、複雑な情緒などを、その後多彩な言葉によって表現していくロゴス(ホロニカル主体:理)の源でもあると考えられるのです。

また、私たちが、何かを感じ、何かを思う瞬間においては、人類の初期や赤ん坊時代と同じように、自己と世界の出あいを言葉で表現することにはまだ至っていないものの、その後、言葉によって、感じ・思われるものとなる、“ゆらぎ”があると考えられるのです。

薔薇の花束をもって求婚し失恋した人は、その後の人生において、薔薇の花をみた瞬間に胸の痛みを伴う悲哀を含む仄(ほの)かな“ゆらぎ”が先行するのです。薔薇の花をみて、失恋の記憶を思い出してから胸に詰まるのではないと考えられるのです。

“ゆらぎ”にすべてが包摂されているといえるのです。