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自己が、いずれ死ぬ運命にあることを避けることができない
以上、自己が自己と世界の真の主体であるとは言い切れません。ましてや、身体的自己の死とともに無となる我(現実主体)も真の主体とはいえません。
真の主体とは、自己と世界の生成消滅を司っている自己超越的な働きといえます。自己超越的働きは、自己に内在的に包摂されているとともに、自己を外在的に包摂する働きでもあります。この働きがあって自己は生かされているといえるのです。
しかし自己は、自己超越的働きを超えることはできません。人生の悲哀は、避けられぬ死の受容から生じます。それだけに自己は、自己超越的な真の主体との一致に向かって生きることしかありません。そして、自己超越的な真の主体に向かって生きることが、真の自己として生きることといえるのです。