
「不一致・一致の対話自体を外在化して対象化することが、新しい関係を創発するために大切である」とホロニカル・アプローチでは考えます。
例えば、問題の原因をもっぱら相手に帰属しあって感情的な対立を激化させている夫婦がいるとします。このとき支援者は、夫婦の対話の不一致・一致のパターン自体を小物を使って外在化したり、可視化するなどして、夫婦にも不一致・一致の対話のパターン自体が観察できるような場を設営します。
このとき、支援者と夫が、夫と妻の間の不一致・一致のやりとりの再現を、妻が安全・安心して観察できるように心がけます。そして次には、支援者と妻が、妻と夫の間の不一致・一致のやりとりの再現を、妻が安全・安心して観察できるように心がけます。すると、やがて場には、支援者と夫婦という三者間の不一致・一致の繰り返しが布置するようになります。こうした流れは、支援者と夫、支援者と妻が、一致する方向を目指していられる限りにおいて、やがて場には、三者関係が不一致からより一致する方向を求める流れが自ずと布置してきます。こうした流れは、その後、3者間の一致を象徴する対話が成立する瞬間の確率を高めていきます。そうした変化は、小さな変化です。が、しかし明らかに今までの夫婦間の対立的対話からすれば、より一致する対話の兆しへの体感となります。そして、こうした小さな意味のある変容の積み重ねは、やがて夫婦の対話自体が、共同研究的協働関係を象徴するような対話への変容を可能としていきます。
ここで重要なポイントがあります。こうした変容を可能とする基盤には、理論や論理だけではなく、支援者自身が、場における刻々の気分の変化を自由無礙な視座から絶えず俯瞰し続けていられることが必要になるということです。被支援者同士において、ある対話が行われているときに、場を共にする支援者に布置してくるある気分や直接体験には、支援者の個人的な気分や体験だけではなく、場の中で刻々生成消滅してくる気分や共創的体験を映しとっていると考えられるのです。それだけに支援者自身が、刻々変化する場の中で、支援者自身の自己に映し取られてくる気分や体験を、どのように扱うと、どのように夫婦が一致してくるかを、自由無礙に俯瞰し続けられていることが変容の契機として重要になるのです。
支援者自身が場の気分や体験と自らの気分や体験がより一致する方向(腑に落ちる)を絶えず自己照合的に俯瞰しながら支援をすることがとても大切になるのです。
対話の場に参加する各自が「場に開かれた安全で安心できる対話」を可能にするとき、外在化された問題をみんなで共同研究的に協働して、問題解決を図る自己言及的、かつ自己内省的な場が成立してくると考えられるのです。