私たちが、外界の事物を視覚的に受け止めるときのことを考えてみましょう。
例えば、チョウチョを見つけたとします。この時、私たちは外界のチョウチョを、鏡のようにそのまま映しとっているわけではありません。私たちは、その人の視覚の機能の特性に応じて、外界の事物を識別しながら知覚し、その能力に応じて再構成しています。そのため視覚機能の違いによっては、再構成されたチョウチョの表象は微妙に異なってきます。
また、私たちはチョウチョを見た瞬間、その時の心身の内的な状況の影響を受けています。落ち込んでいるときのチョウチョと、とても気分が良い時に見るチョウチョとでは、同じチョウチョを見ていても、チョウチョの印象が異なってくるのです。
またチョウチョを見た瞬間、私たちは過去のチョウチョの記憶を含めてチョウチョを見ています。そのため、過去の辛い思い出を重ね合わせて悲しい気分になる人もいれば、過去の楽しかった思い出を重ね合わせて、ワクワクする人もいるのです。
ホロニカル心理学的には、外我による外界のチョウチョの知覚は、その時の外我が内在化している識別基準(ホロニカル主体:理)の影響や、内我による過去の体験やその時の身体状況などの内的感覚の影響を受けると考えます。知覚においては、外我と内我が複雑に絡みあっている考えられるのです。外我と内我の組み合わせの分だけ、いろいろなチョウチョの受け取り方があるといえるのです。
科学的・客観的に定義されるチョウチョとは、あくまで抽象化され一般化された知的なチョウチョといえるのです。現代人は、あたかも知性化されたチョウチョが実在し、感性的なものは客観的なチョウチョを歪曲するものと捉えがちですが、現実はむしろその逆です。私たちが普段実感している実在するチョウチョは、知性化される前のチョウチョであり、それは感性的なものを含む生々しいチョウチョです。知性化されたチョウチョは、生々しいチョウチョのある限定された特徴を意味しているに過ぎないといえます。