果たして、客観的世界は、私たちの存在や主観に関係なくあると証明することができるのでしょうか?
どんなときに、客観的真理は、知的な認識や論理に関係なくあると言い切れるのでしょうか。
もし客観的真理は知的な認識に関係なくあると断言するならば、それはどのように証明できるのでしょうか。そもそもそうした証明のための論理的な操作を、認識という行為を離れて展開することができるのでしょうか。
こうした認識論の限界と矛盾を思うとき、主観は客観を離れて語ることができず、客観もまた主観を離れて語ることが、実はできないのではないかという疑問が湧いてきます。
ホロニカル心理学では、真理とは、主観を含むものでなくてはならないと考えています。