
「私がある」とは、ある何らかの現象を実感・自覚していることを意味しますが、その実感・自覚する何かが実体として存在するわけではありません。実感・自覚することが、私があるということ、そのものといえます。
自己とは、自己と世界が出会う直接体験の場のことです。「我(現実主体)」という意識は、自己の直接体験の統一作用の凝縮点として形成されます。
このため、直接体験の統一作用が阻害されたり弱体化した場合、自己と世界の出会いが不一致・一致することが非連続的に展開し、断片的な自己となります。いろいろな体験が、ばらばらで、統合的な自己という統一の場をもたす、つながりのない出来事になってしまいます。
私があるという「自明性」が失われてしまいます。