
第2回の続き
*登場人物*
父親:会社員(42歳)。厳格な性格。
母親:パート勤務(39歳)。感情の起伏が激しく、不安定。
娘(秋子):中学3年生。不登校となって8ヶ月。
父方祖父:同居委、元教員(68歳)。価値観が古く、家族内で影響力をもつ。
相談室:公立の教育支援センターに併設された相談室
相談員(M):ホロニカル・アプローチで対応する臨床心理士(女性)
#3
7月の午後、雨あがりの空に光が差していた。相談室のソファには、はじめて娘(秋子)の姿があった。うつむいてはいたが、その隣には静かに寄り添う母の姿、対面には、柔らかい表情を見せる父の姿がある。部屋の空気は、前回までと明らかに異なっていた。夏休みということも、秋子や両親の心境にも少なからず軽さを与えているかも知れない。
相談員Mはゆっくりと言葉を紡いだ。
「秋子さん、来てくれてありがとうございます。お父さんとお母さんが、あなたに会って話したいことがあるとずっと願っていました。今日、少しだけ“秋子さんの時間”を一緒に過ごせたらうれしいです。」
秋子は小さくうなずいた。
すると、母が、ポケットから折り畳んだ紙を取り出しながら話し始める。
「これはね、あなたが自分の部屋にいたとき、私がキッチンからあなたを思いながら書いたもの。……“今、起きてこなくてもいい。あなたのタイミングで、出てきてくれたらそれでいい”。と、でも、そう思えるようになったのは、実は最近なの。」
秋子が顔を上げた。その目には驚きと、ほんの少しの安堵がにじんでいた。
続いて父が、低く落ち着いた声で語る。
「俺は、怒鳴ることしかできなかった。けど、この前、秋子がいない部屋で、お母さんと一緒に“秋子のまなざし”を感じてみた。あれは……つらかった。でも、初めて、“言葉がなくても伝わるもの”があるって気づいた。」
秋子が、言葉少なに答える。
「……うん。なんか……今は、ちょっと違う気がする。」
ふと、秋子がぽつりとつぶやいた。
「……おじいちゃんが、毎朝部屋に入って来るのがしんどい。『早く起きろ』って怒る声、聞くだけで胃がキリキリする。」
母がはっとした表情でうなずく。
「わかる……。私も、あの時間が毎日怖かった。」
父が、初めて深く頷く。
「……俺も。あれは、“あいつなりの愛情”だって思ってたけど、正直、自分があの声を受けてたら……多分、立ち直れない。」
その後、秋子の中の家族メンバーの心的圧力の大小や時間経過に伴う心的変化がサイコモデル図としてMと3人とのやりとりの中で描かれる。
Mが静かに促す。
「今、3人のあいだに、“祖父の声”のテーマが同時に生まれ始めたようですね」
M:「ところで、秋子さんが、気持ちよく“起きられた日”って、ありましたか、もしあったとしたら、それは、いつ頃のことですか?」(解決志向アプローチで使われる技法の応用)
秋子が考えるようにして、
「……うーん、1回だけ。たしか、テスト前に、お父さんが“朝マックに行くか?”って言ってきた日。」
父が驚いて笑う。
「あの時か! 朝マック食べて帰ってきたら、学校へ行ったよな。」
母も微笑む。
「私、あの朝、洗濯機止めて、ただ静かに待ってたのよ。『行け』も『行くな』も言わずに。」
Mが、3人に向かって促す。
「それは、“例外の朝”ですね。どうしてあの朝は、うまくいったんでしょう?」
秋子:「……怒る人がいなかったから。あと、“なにしてもいい”って空気があった。」
父:「俺も、期待とかプレッシャー抜きに、“一緒に行く”ってだけだったな。」
母:「私も“信じて待つ”って初めて思えた日だった。」
M:「その“例外の朝”から学べることはたくさんあります。たとえば、毎日じゃなくても、“あの朝”の空気をもう一度作ることはできると思いますか?」
3人がゆっくりと、しかし確かにうなずく。
秋子:「……おじいちゃんに、“私、声にびっくりする”って言ってみてもいい?」
母:「私も、“私たちが起こすから、大丈夫”って伝えてみたい。」
父:「俺、話してみるよ。“声をかける方法”変えてもらえないかって。」
M:「皆さん、いま“祖父との関係”を、自分たちで創り直そうとしていますね。」と笑いながら変化の印象を伝える。
秋子が、今日初めて自然に笑った。
「……こんな風に、みんなで話せるって、変な感じ。でも、ちょっと、嬉しい。」
母も、父も、同じように笑顔になっていた。雨上がりの午後、3人のこころの空にも、小さな光が射していた。
(Mの連想)
・娘の来談は、両親の変容による“安全な場”の形成により可能となった。
・3人が共に祖父の存在を語ることで、“共通の心理的対象”が生まれ、関係性が水平化。
・例外探しは、単なる技法以上に、“家族の中の肯定的記憶”を再構築する力となった。
・3人とも共同研究という共創的俯瞰の中で、祖父との“心理的距離”の調整が次の課題となるが、3人には“協働する関係性の萌芽”が見られる。
続く