問題を錯綜化させる支援者

心理社会的支援の領域においても「見立て」や「アセスメント」の重要性が強調されるようになりました。しかし、このとき、「見立て」や「アセスメント」は何のために行われるのかの観点を失っては、「見立て」や「アセスメント」は、ただの悪しきラベリングと区別がつかなくなります。心理社会的支援における見立てやアセスメントは、被支援者の生きづらさの背景や意味を支援者が理解し、より生きやすい人生の道を共創していく手掛かりになるものでなければなりません。

しかし、最近際立ってきているのが、複雑な問題の特性や現象に対して、当事者不在の中で、報告された資料だけを見て、声高に専門用語を駆使してラベリングに終始した見立てやアセスメントをし、他の機関に紹介するだけの支援者が増えてきています。そうした支援者は、自分自身がケースに関わろうとはせず、どこかの機関に振り分けるための「見立て」や「アセスメント」をすることが、あたかも専門家であると錯覚しているようです。

しかし、こうした「見立て」や「アセスメント」をする支援者は、当事者と一緒に問題解決を共創していく人とは決していえず、むしろ問題を作り出す支援者と言っても過言ではありません。